星の生まれを映すもの

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星の生まれを映すもの

他時空 ***  星に不時着したのは一機の宇宙船だった。現在出ているモデルの初期型。良く言えば年季物、悪く言えばオンボロ。それがその機体だった。  煙を上げる機体から咳き込み出てきたのは一人の青年。名前はシーナというらしい。毛先を煤で汚した彼はよろしく、とはにかむ。この星と違う訛りを持つ喋り。手を握り返す。彼の手には細かい傷が多く付いていた。 「機体の整備でちょこちょこ傷つけちゃってさ」  俺の視線に気づいたシーナは照れたように微笑んだ。あのオンボロだ、整備はかなり大変だっただろう。聞けばもう手に入らないパーツも使われているのだと教えてくれた。 「そういえば、君の名前は?」 「俺?」  シーナがどこか緊張した面持ちで俺に尋ねる。内心首を傾げながら答える。 「俺は、ツヴァイ=ユカリ。ツヴァイでいい」  ユカリ、と声なく呼ぶシーナに苦笑する。 「ユカリと呼びたいならそちらでも。名前を呼ばれるのは久しぶりだからすぐに反応できないかもしれないが」  俺は周囲に視線を移す。辺り一面に家はなかった。皆死んだのだ。荒廃したこの星に住むのは俺一人。家の周囲に建てられた43の墓標と、遠くの方にちらりと覗く、かつては家だったガラクタ。どかせば人の骨でも出てくることだろう。  墓標に気付いたシーナは「手を、」と震えた声で言う。 「手を、合わせても?」 「どうぞ」  シーナは一つ一つの墓標に手を合わせていく。一通り手を合わせると、彼はポツリと呟いた。 「四番がない」 「四番? あぁ、フィーアのことか。フィーア=ユカリは他の星に行った。生きてるか死んでるか分からないから奴の墓は作ってない」  シーナは目を見開き、崩れ落ちる。突然様子の変化したシーナに戸惑う。ユカリ、と呼ぶ彼に返事をすると首を振られる。違う、と泣き出す彼の肩を支え、家の中に運び入れた。どうしたものか、この客人は。食卓に突っ伏し涙を流すシーナを持て余しつつ、俺はやかんを火にかけた。 *  紅茶を飲むと気分が落ち着いた。平気かと問うツヴァイに浅く頷く。本当はとても平気とは言いがたい気分だった。  不時着した宇宙船に近寄ってきたのは彼にそっくりな姿をした男だった。思わずシーナと呼びかけると彼はそれを俺の名前だと勘違いしたようだ。シーナと呼ばれるたびにこのそっくりな男が彼ではないのだと理解する。 「シーナ。どうして急に泣き始めたか聞いてもいいか」 「……シーナじゃない」 「?」 「俺の本当の名前はヒサシだ」  マグカップに視線を落としながら訂正する。ユカリは不思議そうな顔をするも曖昧に頷く。名前に重きを置いていないようだった。 「そうか。それで、急にどうした?」  軽い口調で問うユカリに苦笑する。切なさに口の端がいびつに歪む。 「……シーナ=ユカリのことを、思い出した」  いや、正確にはシーナ=ユカリではなかった。彼が教えてくれた名前は、俺に発音することができなかったのだ。確か、そう。本当の、彼の名前は、 「フィーア=ユカリ」  俺の思考を読んだかのような声に顔を上げる。 「四番は、お前と一緒にいたんだな」 「スィー、ナ、ァ」 「シーナでいい。お前は発音できないんだろ。シーナはどうした」 黙り込むと、ユカリはシーナが死んだのだと理解したらしい。そうかと頷いた。 「シーナの最期は?」 「……これを、託された」  鞄から彼の腕を取り出す。彼は、滅びゆく星から俺を逃がすために一人犠牲になったのだ。 「腕……、ああ。なるほど」  ユカリは腕を手に取ろうとし躊躇した。震える手を腕へと伸ばし、引っ込める。視線を彷徨わせたユカリはため息を吐き、腕に指を添わせた。 *  腕を手に取るには今までの自分を失う覚悟が必要だった。もう一人の自分の魂を請け負う瞬間はいつだってそうだ。この星にやってきた他の星の者によって、俺以外の星の人間が殺された時だってそうだった。  差し出されたフィーアの腕にそっと触れる。瞬間、なだれ込んだのは奴の記憶の全て。  星を出た“俺”はある星で生活を始めた。窮屈なあの星とは違い、この星は居心地がいい。買い物もできるし、街に繰り出すこともできる。この星の人間と比較的形状が似ているためか、俺はすぐに受け入れられた。ヒサシとかいう人間がやたら構いにくること以外に不満なことは一つもない。 「うぃー、つぃ、んん……、」 「フィーア、だ。シーナでいいって言ってんだから大人しくそう呼べばいいだろ」 「名前は正確に呼ばれた方が嬉しいだろ」  名前でなく個体識別番号だと訂正しようとし、やめる。説明するだけ面倒なことになりそうだ。俺と他の個体は違う存在であり、同じ存在だ。元は同じ一個体とでも言えばいいのだろうか。俺たちは皆で一つの生き物だった。  俺が出たあの星で迫害されていた理由も、俺たちのそのあり方にある。俺たちは思念を共有する。肌の接触で記憶を読み解き、人格をも同じくするのだ。俺はそれが嫌だった。だからあの星を出たのだ。俺は他の個体よりも自意識が強すぎた。他の個体のいない生活は最高だった。触られないよう気を付ける必要もない。人格の共有なんて真っ平ごめんだった。 「ヒサシ、お前毎日こんな所にいていいのか」 「ああ、俺は周りからメカオタクだって思われてるから……その、遠巻きにされてるんだ」 「? なんで」 「この星のやつはメカなんて必要としない。星の外に出る気がないからな。せっせとメカを作る奴なんて……そうだな、頭のおかしい変人か、俺くらいだ」  組み立て途中の機体を愛おしそうに撫でるヒサシに生返事を返す。孤独を抱える彼と俺。さみしさを二人で分かち合うまで、そう時間はかからなかった。 ── ────全てを壊したのは、隕石だった。 「早くッ!! こっちに!!」 「、無理だ。行ったところでこのまま失血死するのがオチだ! 一人で行け!」  千切れかけた左手を押さえ、ヒサシに向かって叫ぶ。炎が星を飲み込む。街を焦がし、煙を生み出す。灯りの消えた星は酷く暗く、照らすのは破壊の限りを尽くす炎のみ。ヒサシが改良した初期型宇宙船は、今にも炎に飲み込まれそうな位置にいた。俺を待っていては、逃げる手段がなくなる。 「ヒサシ、分かってるだろ。もう、無理だ!」 「嫌だ!! 嫌だ、やめろ、こっちに来いッ!!」  涙を流すヒサシに、不細工と微笑むと、彼の顔は更に崩れた。酷い顔だな。頼りない左手を力任せに千切る。アドレナリンが脳を満たしているのか、痛みは感じなかった。奥歯が震える。もう長くはないだろう。全身寒さで凍えそうだった。 「ヒサシッ、これを!」  左腕をヒサシの方へ放る。ヒサシは頼りない手つきでそれを受け取った。おかしいな。俺を共有するなんてごめんだったはずなのに。彼がそんな顔をするくらいなら、それも悪くないと思っている。なに、怖くないさ。死ぬわけじゃない。俺が死んでも、あの星のユカリが俺になる。腕を、渡しさえしてくれれば。 「ヒサシ、──」  全てを告げることはできなかった。炎に喉を焼かれる。眼球の表面が炎に泡立つ。薄れゆく意識の中、俺は飛び立つ宇宙船を見た。ごつごつとした不格好な宇宙船は、確かに俺の星の方へと向かっていた。 「……っ、勝手な奴だな」  急に黙り込んだ俺をシーナ──ヒサシは心配そうに見つめていた。 「大丈夫か」 「……問題ない、ヒサシ」 「ッ、」  呼び方を改めた俺にヒサシは息を呑む。差し出されたままの腕を受け取り抱える。もう情報は流れてこなかった。 「久しぶり、の方がいいかな。ヒサシ、君にあの時説明できなかったことを教えるよ」  話を聞き終わったヒサシは複雑そうに俺を見つめる。言うべき言葉が分からずに、俺はすっかり冷めた紅茶を口にした。まずいな。ヒサシも俺と同じように冷めた紅茶を口にし、顔を顰めた。 「まずいだろ」 「……ああ」 「理解は、できた?」 「ああ。つまり、ユカリは、シーナということか」 「うん、まぁ厳密にはユカリとシーナが融合したのが俺って感じかな。ただ、あいつ……シーナは我が強いからな。ほぼシーナだと思ってくれていい」  ヒサシは俺を見つめる。躊躇うかのように目を彷徨わせるヒサシの頭を俺は軽く叩いた。 「──なんて、言う気はない。シーナを取りこんだとはいえ俺はツヴァイだ。シーナと、他の43人のユカリの意志を継いだ。それがツヴァイ=ユカリだ。俺と仲良くしたいなら俺自身を知ってからにしてもらおうか」  くすりと笑うヒサシを見返す。ヒサシは泣き笑いのような顔で微笑み、ごめんと謝る。 「初めてシーナと会った時も、同じこと言ってたから」 「……そうだったな」  初めて会った時、星の者でないからという理由だけで構いに来るヒサシが煩わしくてそう突き放した。覚えている。いや、体験はしていないから知ってる、と言うべきか。シーナは自分の経験を人のものとして語る俺たちのことを嫌っていたから。最後には俺がシーナになることを望んでいたから、ただ嫌ってばかりでもなかったのだろうが。シーナだって、知っていたにも拘らず。俺たちは、ユカリという一個体だ。だが、意識を同じくすることがすなわち同一人物になることとなる訳ではない。それでも、俺と意識を共有することを願った。それほどまでに大切だったのか、ヒサシのことが。 「ヒサシ。フィーアの最期を看取ってくれてありがとう」 「……最期の言葉が、聞けなかったのに?」  生真面目な断りに苦笑する。 「……愛していると。そう、言いたかったみたいだ」 「そう、か」  泣きだしたヒサシの背を優しく擦る。窓の外には宇宙が広がっている。星が瞬き、消える。チカチカ、チカチカと何億光年も先の宇宙で何かが失われては、また誕生する。ヒサシが零した涙は、星の誕生をも映し出していた。
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