もし由パパが生きてる世界だったら

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もし由パパが生きてる世界だったら

 わぁ、という歓声に苦笑しながら廊下を歩く。初等部から通っているこの桜楠学園だが、中等部に入った今でも歓声には慣れそうにない。 「俺、誰かの親衛隊に入ろうかなぁ」  思わずぼやくと、円はギョッとした顔でこちらを振り返る。 「由ッ!? 今から俺たちの親衛隊を作りたいって言ってる人と会うんだろ!?」 「……隊長、俺がやってあげようか?」 「はぁっ? あー…」 「迷ってら」  一人だけ親衛隊を回避することに反発を覚える気持ちと、身内が隊長になる安心感とで葛藤する円にクスクスと笑う。冗談めかして言ったけど、割といい話だと思うんだよな。円も俺が半分くらい本気で提案していることを理解していて、真剣に悩み始めている。 「ありかもしれない」 「ありだろ」 「すげーあり。我がまま言い放題」 「うわ、横暴だ。この暴君」  きゃあ、と小走りで逃げると円はへへへと笑いながら追いかけてくる。じゃれながら向かっている内に、いつの間にやら指定された教室だ。ドアをノックし、中から返事が返ってくる。開ける寸前、円が悪戯っぽく笑う。お、決めたのか。 「じゃあ由隊長、よろしくな」 「うぃ、任せろ。いいようにこき使ってやるよ」 「逆だろ」  べ、と舌を出し言う俺に、苦笑する円。さて。じゃあ、ちょいと頑張りますかね。 *  中にいたのは、同級生の長谷川と、目元のきつい先輩。長谷川は、俺が隊長になってくれと頼んだのでここにいる。円も知らない人を隊長にするのが嫌なら、親衛隊の話が上がった時点で俺みたいに知り合いに頼んじゃえばよかったのに。この兄はどうも要領が悪い。長谷川に軽く手を振ると、あっという顔をしてシャカシャカと小さく振り返してくれる。あいつ、さっきまで俺と円の見分けがついてなかったな。まぁ、髪色も同じだし無理もないが。赤いヘアピンでも着けようかな、と零すと円はあぁ、と小さく笑む。お前だって俺との違いを出す努力をしろよな。笑われたことにムッとして肩を小突くと、円は理不尽、と文句を言った。うるさい、聞こえない。 「吉衛柚月です。中等部の二年です」 「長谷川冬馬でーすっ! 中等部一年でーす」  吉衛先輩はチラ、と俺を見て笑った後、円に嬉しそうに微笑む。きつい印象の目元がふわりと和らぐ。うっ、いい人っぽい。もうこの人でよくない? ダメ?  円に視線を送ると、円は先輩に気付かれない程度に顔を僅かに引いた。え、ダメなの。もの言いたげに片眉を上げる円に、理由を察する。こいつ、先輩から感じる熱烈な好意にビビってやがる。  ヘタレと口パクで罵ると、うっせ、と口パクが返ってくる。その勢いで先輩にもビビらず接していけばいいのに。こいつ、身内には態度がでかいんだよなぁ。人見知りしやがって。こいつが人見知りを発動したツケは大体俺が払うことになるのでいい加減直してほしい。円からの救いを求める視線をガン無視する。俺の態度に助け舟は出ないと察したのか、円はおずおずと先輩に声を掛けた。 「あの」 「はい、なんですか椎名さま」  おっと好意がすごい。円は耐えられるか。 「う、あの。先輩には悪いんですけど、由に隊長をやってもらおうかなって」  えっ、俺は? と驚いた表情を俺に向ける長谷川と、心なしかしゅんとした様子の吉衛先輩。うっ、吉衛先輩がかわいそうだろ。見ろよ、しゅんとしてる。円の馬鹿野郎。 「おい、なんで先輩に行って後ろで一緒にしゅんとしてるんだよ」 「だって先輩いい人じゃん……円のチキン」 「流れるように罵倒すんな」  文句を言う円を無視し、一緒にしゅんとしてると、先輩はよしよしと俺の頭を撫でる。うう、優しい。俺この人の親衛隊に入りたい。 「ゆっかりーん。どーすんの。俺帰るー?」 「円ぁ……」 「由ぃぃ隊長やれよー」 「俺この人がいいぃ……」 「懐いてやがる」  きゅ、とひっつき強固に先輩を推す俺に円が迷いを見せる。先輩は俺たちのやり取りにいいですよ、と苦笑する。 「僕が副隊長になって弟くんをフォローしましょう」  どうですかと尋ねる先輩に、円と俺はうんうんと頷く。それいい。すごくいい。話の終着点を見いだしはじめた俺たちに、長谷川は帰るねと言い立ち去る。うーむドライだ。 *  俺が円の親衛隊長、吉衛先輩が副隊長ということで話がまとまり、固い握手を交わした後。俺たちは食堂にいた。 「由何頼んだの」 「蕎麦」 「俺ラーメンにしようかな」 「……半分」 「要求する量が図々しいな」  眉を顰めてこそいるものの、結局いつも一口分けてくれることを知っている俺は、ご機嫌で席へ着く。  そんな俺の様子に何を考えているのかを察したのか、円は渋い顔を作った。 「由。いつもあげる訳じゃないからな」 「えっくれないの」 「~~あげるけどっ!」  自分はくれないくせに、とブツブツ文句を言いながら円は俺の正面の席に座った。ん? と笑って首を傾げると、円は唇を尖らせ俺の額にデコピンをかます。  ちょっと痛い。 *  頬の近くを通った拳を避ける。……なんでこんなことになったんだか。怪しい足取りながらもしっかり相手の攻撃を避ける円に、遠い目になる。  俺たちは、食堂で昼食をとっていた。しかし座っていた席の近くでF組の生徒とA組の生徒とが喧嘩を始めたのを発端に、俺たちは喧嘩に巻き込まれてしまった。ちなみに、「Fのくせに食堂使いやがって」というイチャモンをつけたA組の生徒が圧倒的に悪い。  いや、でもさぁ。俺ら何もしてないじゃん。見分けて。敵と味方の違いくらい見分けてって痛っ!  FもAも完全に巻き込まれているだけの俺たちを敵だと判断しているのか、やたら攻撃してくる。っておい痛いな!  俺も円も喧嘩慣れなんてしてないし、避けるので精いっぱいだ。早く皆落ち着いてくれないかなぁ、とどこか他人事にそんなことを考える。俺の呑気な考えを吹き飛ばすかのように、人の肌を打つ鈍い音がその場に響く。ゴッ、と誰かが足元に落ちる。その頭の主がFの生徒だと気付いた時には、喧嘩は一人の生徒によって鎮圧されていた。 「おい。騒ぎ起こしてんじゃねぇ。このカスどもが」  灰がかった、銀色の髪。  恐らくF組の偉い立場に就いている生徒なんだろう、と発言から予測する。 「……でも、二村さん」 「話は聞いてる。お前らは悪くない。だが聞き分けろ。結局、そういう手段でことを訴えかけるやつはただの馬鹿だ」 「二村さんだって俺らを殴った癖に」 「馬鹿だからな。風紀が来る前に帰るぞ」 「うっす」  あっという間に喧嘩を収めたその生徒は、食堂を去る直前、「悪かったな」と俺たちに向けて謝る。……なんだ。喧嘩に巻き込みやがってとか思ってたけど。F組も案外悪くないじゃないか。  F組と入れ違いに、食堂に入ってくる風紀。A組の生徒を取り締まる上級生の傍ら、一年生らしき風紀委員が俺たちに話しかけてくる。 「君たち、大丈夫か」 「……ああ、うん。大丈夫。円は?」 「大丈夫」  茶髪の生徒は、爽やかそうな顔を困り顔にして、俺たちに拝む。 「悪い、俺一年の夏目久志って言うんだけど。君たち……あー、っと」 「俺は、椎名由。こっちは兄貴の円」 「よろしく、由。由兄」 「由兄って」  まぁいいけど、と文句を言う円をスルーし、夏目は言う。ドンマイ、円。 「これから、事情聴取しなきゃなんだ。悪いんだけど、風紀室まで来てくれないか?」  円と二人、顔を見合わせる。中学早々巻き込まれた事件により、この後俺たちが風紀委員になるだなんて。その時はまだ、予想だにしていなかった。
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