もし由さんと牧田が付き合ったら

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もし由さんと牧田が付き合ったら

 俺を選びなよという牧田の言葉に頷いたのは昨日のこと。もじ、とドアの前で手を組み直す。インターホンへを押そうと指を伸ばしては引っ込める。  押したとして、まず一言目はなんと言えばいい?  おはよう? いや、もう昼前だ。かといってこんにちはと改めて言うのもおかしな話で。今までどうやって顔を合わせていたかが分からない。  プルルルルルル……  スマホからコール音が鳴り響く。通知を見れば牧田朱満という四文字。動揺からスマホを取り落とすと、目の前の扉がきぃと開いた。 「椎名ぁ……? なーにしてんの」 「おは、おはよう……ッ」 「ん~? うん、……おはよ」  ぎこちない俺に牧田は首を傾げたが、ふっと甘いものに表情を塗り替える。 「……ッ!?」 「お? やぁっと俺の愛が伝わったようだねぃ」 「伝わったからもっと冷たい表情にしてくれ……ッ!」 「えぇ? 無理だよ。ほら、俺椎名が好きだから」  動揺に言葉を失うと、牧田はゆるりと微笑む。 「かわい。さ、中へどうぞ」 「……かわいいとか言うな。お邪魔します」  今日は牧田の部屋で勉強……の予定なのだが。はてさて、一日身が持つだろうか。 *** 「さ、椎名。ここ座りなよ。俺は飲み物用意してくるから」  ローテーブルの前にクッションを置き、牧田は自室を出る。何度か牧田の部屋に来たことはあるが、それはあくまで共有スペース止まりだ。……一度自室で剥かれたことがあったが、あれは流石にノーカンだろう。つまり、これが初めてな訳で。  改めて考え、思わずテーブルに顔を伏せる。羞恥から勢いづきすぎて顔面を打つけたがそれどころではない。見なくても分かる。顔が赤い。それだけでも充分致命傷なのに、口元が変に緩んでしまう。気持ち悪い。なにニヤニヤしてんだ馬鹿か。 「………やべぇ」  落ち着け、と自分に言い聞かせる。初めてとかなんだとか、意識するから落ち着かないんだ。勉強、今からするのは勉強。牧田と二人きりでべんきょ……浮かれるなッ!  ガン!!  額を浮かせテーブルに打つける。落ち着け。とにかく落ち着け。ふぅぅと長く息を吐く。そうだ、牧田が実は俺をそんなに好きじゃないと仮定しよう。何か目的があって……例えば、椎名グループをうまく操作するために俺を誑してる最中だとか。あ、思ってたより心にキた。 「……、」 「あれ? 椎名? お腹痛い?」  飲み物をお盆にのせた牧田が戻ってくる。戻るなり俺がテーブルに顔を伏せじっとしているものだから、心配をかけてしまったらしい。焦った風の声色に、悪いことをしたと顔を上げる。 「……いや、腹は大丈夫だ」 「ならいいけど……。おでこ赤い。どうしたの」  気遣わしげに牧田は手を伸ばす。牧田の指先の触れた瞬間、体中の体温が沸騰した。 「え、椎名?!」 「……さ、わんな!」  だらしなく緩む口元を腕で隠して後ずさる。驚いた顔で固まった牧田は、にやりと笑い距離を詰めてくる。 「ちょ、近寄るなって……っ」 「由」  びくりと肩が跳ねる。呼ぶなと目で訴えているのに、牧田は構う様子もなく更に顔を近づけてきた。ふふ、と牧田が笑う。吐息が耳朶をふわりと撫でる。堪らず仰け反ると、牧田はそのまま俺を押し倒した。  驚いて腕が口から外れる。するりと指先を絡められる。指が密着して生々しい。イケナイことをしている気がした。 「まき、た……?」  俺を押し倒した牧田の唇は弧を描いている。さら、と牧田の長い髪が肩から落ちた。いつもと同じように緩く笑っている口元と対照的に、目はギラギラと熱を帯びている。俺の一挙手一投足を見逃さないかのような熱量に、口をはくりと開閉する。 「由」 「……ん」  恥ずかしさから返事が短くなる。視線を逸らすと、牧田は指を更に深く絡みつける。 「いいの、由。俺を見なくて?」 「……え」 「俺が由を愛してるところ、目に焼き付けなくていいのって聞いてる」 「……、」  その言い方はずるくないか?  ムッと唇を噛みしめ視線を戻す。大体、俺が牧田を好きだと一ミリも疑っていないのも腹が立つ。いや、疑われていたらそれはそれでイラッとくるのだが、「お前は俺のこと好きじゃん?」という態度で見透かされるのもムカつくというか。  ……ふぅむ。  少し考え、牧田の手を握り返す。腕を後ろに引き、重心をずらす。足を牧田の足の間に差し込むと、ぐるりと上下を入れ替える。 「由さーん……?」 「ん? どうした、朱満」  まさかの形勢逆転に牧田の顔が引き攣る。わざとらしく下の名前を呼んでみせると、牧田の顔がぶわりと赤くなった。 「……なんで今のタイミングで……!」 「やられっぱなしはムカつくからな」 「妙なとこで負けず嫌い発揮するのやめてほしいんだけどねぃ」  呆れているらしいが、俺だって恥ずかしい気持ちを散々味わったのだ。牧田だって少しは照れれば良いと思う。  どうだと牧田を見返した俺は、自分の体勢を思い返し思わず固まる。 「牧田……」 「ん?」 「この後どうしたらいい?」  俺の弱り果てた声に、牧田は吹き出す。ひひひと体を曲げて笑われ、居たたまれなくなり目を逸らした。 「キスでもしたら?」  若干笑いの滲んだ声で提案される。  キス……。 「キス!!?」  一拍遅れてぎょっとする俺に、牧田は「遅ぇ」と笑う。 「初めてキスした時はあっけらかんとしてたのにねぃ」 「……だって何も伝わってこなかったから」  声も視線も。  居たたまれなくなるような感情をぶつけてはこなかった。愛してると常時叫ばれているような羞恥。触れられたところから一つになってしまうなんて、そんな馬鹿な感情を信じさせたのはお前だろう。  顔を近づけ、啄むようなキスをする。触れるだけのキスをいくつも落とすと、次第に牧田の表情から余裕がなくなる。は、と息を一つ落として――  牧田は俺の後頭部を掴み、自分の方へと引き寄せる。貪るように、塞ぐような。息継ぎをするとくちゅりと水音が鳴った。上にいるのは俺なのに、いつの間にか主導権を取られてる。というか、下から押さえつけられるというのはなかなか姿勢がきつい。首が痛い。  ちょいちょいと牧田の手を突き、拘束を外させる。自由になった俺は、ごろりと牧田の横に寝転び、「ん」と両手を上に伸ばした。 「来いよ」  牧田は顔に手を当て、項垂れる。 「なんっつーか……、男らしくて溜息出そう」 「不満?」 「まさか」  牧田は俺の腕の間に体をねじ込み、キスを再開する。勉強なんて、できそうになかった。  
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