神谷とデートする話

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「ん、椎名? どうしたの、ご機嫌じゃん」  帰ってきて早々三浦が尋ねる。そんなに顔に出ていただろうか。頬を押さえながら問いに答える。 「明日神谷と映画観ることになった。恋愛ものらしいけど」 「ほ~ぅ? ちなみにそれは俺が人に話してもこと?」 「いい、けど」  言うなり三浦は電話をかけ始める。 「もしもし、椎名のおいしいネタがあるんだけど買わない?」  受話器の向こうの誰かの何事かを叫ぶ声が聞こえる。おそらく相手は長谷川だろう。電話の内容はそのまま値段交渉に移る。十分の後、二人の電話は終了する。  代わりに部屋のインターホンがけたたましく鳴らされる。すごく既視感がある。というか長谷川はもっと静かに来られないのか。 「ゆーかーりーん! あっそびーましょー!!!!」  肩を怒らせた三浦がドアを開けに玄関へ向かう。ごん、という鈍い音の後、「いてー!」と声が聞こえる。言い争う声は次第に共用スペースへと近付く。 「やっほーゆかりん! デートの準備手伝いに来たよ!」 「デート……?」  映画見に行くだけだけど。  否定しようにも、興奮した長谷川の耳には届かない。こうなれば身を任せた方が楽なのは今までのことで学習済みだ。 「ちなみにゆかりん! デートの時は何を着ていくつもりなの?」 「……え、このTシャツとジーパン着ていこうと思ってたけど」 「ッ!? ゆかりん……」  長谷川は目を見開き、苦々しそうに顔を顰める。 「ギャップ萌えを訴える俺もいるっちゃいるんだけどね……? 一つ言わせて。顔面に甘えるな」 「顔面に甘え……」  ……甘えたっけ。俺顔面に甘えたっけ。    一先ず叱られていることだけは理解し、ごめんと謝る。何が悪いのか分からないままに項垂れる。まるで意味を理解していないまま怒られている俺を不憫に思ったのか、三浦が俺の肩を撫で慰める。 「ごめん椎名……。最近見慣れてきてて色々麻痺してた」 「それフォローになってねぇからな」  はっきりとは言っていないものの、端的に言ってダサいという事なのだろう。 「椎名部屋着っぽい私服しかないからなぁ」 「裸じゃなきゃそれでいいだろ……」  未だ納得のいかない俺は自分の意見を主張する。いやそれは、と微妙そうな顔をする三浦。 「ん?」  低い声が地を這った。 「ゆかりん。……それが顔面に甘えてるって言ってんだよ」  おしゃれ、頑張ろうね。  長谷川の声が空恐ろしく聞こえた。 ***  着せ替え人形のごとく服を着脱し吟味すること三時間。  ようやく決まったコーディネートに俺は疲労の溜息を吐く。 「も、いいか……?」 「うん。あ、このチョーカーとか帽子とかは後で返してね」 「ちょー……首輪のことか」 「平たく言うと合ってる」  この首輪、チョーカーっていうのか。……何に使うものだろう。 「金属仕込んで首守ったり?」 「は、しない」  しないのか。  じゃあ何の為の物なんだ。  困惑する俺に、長谷川が親指を立てウインクする。 「ゆかりん、それがおしゃれだよ」 「……最初の服の何がダメなんだよ」  長谷川はふーっと長い溜息を吐く。 「そんなに気になるなら言わせてもらうよ。まず、このプリントがだめ。何? おにぎりくんって」 「新潟県のゆるキャラグランプリで二回戦落ちしたキャラ……」 「すっごい微妙なとこ突きにいったね?! なんで新潟?!」 「青がお土産で買ってきてくれた」 「う~ん夏目委員長のセレクトか! センスねぇ!」  お気に入りのTシャツをぼろくそに言われ悲しい気持ちになる。なんでダメなんだよおにぎりくん。潰れそうな米屋の声を代弁してるんだぞ。応援したくなるだろ。  たまに吐く毒にひやりとするものはあるが顔はのどかで可愛いと思う。一秀が教えてくれて以来密かに推しているキャラクターである。 「あとこれ。ぺらっとした布なのかな? 皺がすごいし、裾も伸びてる。極めつけはこの袖と首元の赤いライン。ゴムっぽいせいか絶妙に体操着っぽい。総じてダサい。ゆかりんの顔面を持ってしてもギリギリ」  怒濤の勢いでダメ押しされ、思わずTシャツを胸に抱き込む。下手をすればダサいからと捨てられてしまいそうだった。Tシャツを守る俺の動きに、捨てないよと長谷川は苦笑う。 「人の物捨てるのはアウトだし。……私服のダサいイケメンっていうのも萌えるし」  捨てない?? 取りあえず捨てないってことだな?! 「よかったな、おにぎりくん……」 「ゆかりんがそのださTを気に入ってるのは分かったけど、デートではそれ着てよね!」 「ださTって言うなよ……」  おにぎりくんがかわいそうだろうが。 「ま、俺はデートの感想言ってくれればそれで満足だから。一応念のため聞くけど、ゆかりんは盗聴器付けられるのオッケー派?」 「なし派かな」  付けるなよ。
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