神谷とデートする話

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 午前十時、寮の前。  帽子を被り直していると、神谷の姿が見える。 「っ、すみません。待ちましたか」 「いや? 今来たとこ」  薄く微笑むと、神谷はぐっと息を呑む。 「……その格好、どうしたんですか」 「あ~……、長谷川が、同級生な。そいつがデートならおしゃれにしろって服貸してくれた」 「でっ!?」  動揺する神谷に少し気まずくなる。ほら、やっぱり神谷もデートなんて思ってなかったじゃねぇか。長谷川の早とちりでこんなにめかしこまされた俺としては居たたまれない。 「首輪も落ち着かねぇし……」  そもそも俺は首に何かを付けるのがあまり好きではない。布の間に指を入れ浮かすと、神谷はわざとらしい咳払いをする。 「じゃ、外したらどうです?」 「……、あぁ、うん……」 「? なにか」 「……俺、首輪自分で外せなくて」 「首輪……」  あ、違う。チョーカーだったか。止める部分が後ろにあるため、どうにも自力では外せない。長谷川のこだわりとやらで後ろのデザインが凝っているせいだ。ハート型の金具がどうとか言っていたが、俺は見られないので全く分からない。 「外してくれるか」  背を向け後ろ髪を掻き上げると、神谷がそっと息を呑む。神谷の指先が首に触れる。冷たい指先の掠める感触。びく、と震えると神谷が長い溜息を吐く。 「……妙なリアクションしないでくれませんか」 「わ、るい」 「……くそ」  密かに毒づく神谷。そんなに怒らなくても。  数秒の後、首に開放感が訪れる。あぁ、これなら落ち着く。はい、という神谷の声に振り向き、礼を言う。 「ありがとう神谷。居心地悪かったんだ」 「……、いえ」  なぜか疲れた表情をする神谷。眉間をぐりぐりと揉み込み、神谷は言う。 「じゃ、行きましょうか」 ***  映画が終わった。なんというか、と神谷が口を開く。 「恋愛ものって聞いてたんですけど」 「……ホラーだったな」  確かにあれは恋愛ものなのだろう。ただ、あれにときめく人が相当少ないというだけで。何しろ、ヒロインが粘着質すぎる。ひたすら「キスしてよ」とお相手に迫りまくる。それ以外台詞を聞いたかというほど「キスしてよ」の一言しか言わない。途中で退席した人もいたが、英断だと思う。俺達も貰い物のチケットでなければ席を立っていたと思う。 「……うちの学園でもたまにああいうタイプの生徒がいるなぁと思ったら段々気分が悪くなるのを感じました」 「ああ……。耐えかねた相手が風紀に助けを求めるタイプの……」  比較的冷静な対応のできる神谷は他の一年に比べ、そういった類いの仕事が割り当てられがちである。 「……何か冷たいものでも飲んで休もうか」 「そうですね。ちょうどお昼の時間ですし、昼も食べちゃいましょうか」  近くにあった喫茶店に入る。奥の席に通されメニューを見る。 「神谷、チョコレートパフェがある!」 「……、お昼食べてからにしましょうね」 「……おう」  タワーみたいなやつだ! と感動のあまり神谷に訴えてしまったが、渋面で窘められる。子供みたいな事を言ってしまって少し恥ずかしい。 「じゃあ俺はこの日替わりランチプレートにする。神谷は?」 「僕は夏野菜カレーにします」 「了解」  すみません、と店員さんを呼び注文する。料理を待っている間、神谷は出されたお冷やに手を付ける。喉が渇いているのかすぐにグラスを空にする。 「そういえば。チョコレートパフェ、好きなんですか」  触れないで欲しいと思っていた話題の再来に思わずむせる。神谷の目に揶揄うような気配がないと分かった俺は、気まずさに目を逸らしながら答えた。 「……食ったことないから知らね」 「でも、喜んでましたよね」 「おま、意地悪いな」  苦笑いをし、水を飲む。 「ほら、タワーっぽくてさ。で、こう……上に広がってるだろ。そこにいっぱい色んなのが入ってて、層になってて……。綺麗で、楽しそうだから一回食ってみたかった」  恥ずかしさを感じつつ素直に打ち明けると、神谷は手で顔を覆って黙り込んだ。 「好きなだけ食べればいいでしょう!」 「えっ。あ……でも、ランチプレート食べたら入らないかも」 「入る分だけ食べたらいいでしょうが。残りは僕が食べますから!」  それは……。  俺にだけ都合のいい提案だがいいのだろうか。少し、神谷に悪い気もする。  提案の魅力に断り切れずに躊躇っていると、神谷はすみませんと店員さんを呼び寄せる。 「食後にこのパフェを一つ」 「はい、お一つですね」  あまりの手際の良さに唖然とする。スマートに注文を済ませた神谷は、呆ける俺に眉根を寄せた。 「本当に、甘え下手ですよね」  こういう時はありがとうでいいんですよ。  小さい子供に教えるかのような。ありがとうと呟くと、神谷はどういたしましてと口角を緩める。  居心地の悪い甘やかさ。頭の中の長谷川が「デートだからね」とウインクする。 「……デートって」  そんな訳ないだろうと内心で戒める。えっと調子の外れた声が眼前から聞こえた。見ると、神谷の顔が赤い。 「神谷?」 「デートって思ってたんですか?」 「えっ!?」  もしかして、声に出してた……?  かぁと赤くなると、神谷はゆるりと表情を和らげる。そんな顔はずるいな。どうにも否定できないじゃないか。  実のところ、長谷川にデートだと言われてからそうと意識しそうになる自分がいたのだ。まさかバレてしまうとは思わなかったが。少し、と肯定すると神谷は口をもごもごとさせる。何かを言いたげな表情は、間を置いた後、決意を秘めたそれになる。 「僕ッ、」 「お待たせしましたー」  ふわり、食べ物のいい香りが俺と神谷の間に漂う。ランチプレートと、カレーだ。出鼻をくじかれたらしい神谷は一瞬微妙そうな顔になるも、気を取り直したのかカトラリーの入ったカゴからスプーンとお箸を取り出した。 「はい」 「ありがとう」 「いえ」  いただきますと手を合わせ食べはじめた神谷は、もう続きを口にする気がないようだった。何事もタイミングがあるということなのだろう。  いただきます、と神谷に倣い食べはじめる。神谷は気分を切り替えたのか、すっかりといつものすまし顔だ。今日だけで神谷の色々な表情を見ている気がする。  デートだからね。  聞こえた声は、聞こえないフリをした。
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