神谷瑛成の言うことには

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神谷瑛成の言うことには

あの夏1巻の特典につけた話② 新歓あたりの神谷視点 **********  気に食わないやつ、というのが第一印象だった。ずっと憧れとして慕っていた夏目先輩の隣にあっさりと収まり、認められている。それを当たり前とでも言いたげな顔をして受け入れていることも腹立たしかった。なんだよ、急に現れたやつのくせに。なんで先輩は相棒を見るような目でこいつを見てるんだ。  腹が立ったから、食ってかかった。自分の言い分が正しいと信じて疑っていなかった。それなのに。 「お前、どうしたら納得するんだ」  ──なんで、こいつが副委員長になるのが前提の質問を投げつけてくるんだ。心のままに、何でだと問いたかった。しかし、それを許してくれるほど相沢委員長は優しくない。眇められた双眼に、また、アイツに対する苛立ちが沸く。 「……夏目先輩に勝ったら」  認めてあげなくもないです。  言いながら、少し意地が悪かっただろうかと内省する。こんな男が、先輩に勝てる訳ない。そんな無茶な条件と怒られるかと思った。アイツが、先輩をあっさりと伸すまでは。赤が俺に負ける訳ないじゃないですか、と言う先輩に、結局は自分の独りよがりだったのだと気付く。なんだかすごく虚しい気分だった。ずっと追いかけていたはずの先輩は、僕を視界に入れることなくアイツを自慢げに見ている。こんなにも相手にされていないなんて。コイツさえ来なければ知ることはなかったのに。 *  新歓。  見回りをしていると、黒く髪を染めたアイツがいた。どうしてアイツだと分かったかなんて、僕にも分からない。それでもあの苦し気な顔は確かにアイツだった。 「アンタ! 警備サボって何遊んでんですか!」  違うと分かっていた。何か理由あってのことだと分かっていた。新歓についての会議で、生徒会の不備について指摘したのを見た時から、理由なく先輩の隣に置かれている人ではないのだと、本当は気付いていた。理解、しているのに。優しくできない自分がひどくもどかしい。 「……なに、優しいじゃん」 「さすがに、」  弱り切ったやつを虐めるほど鬼畜ではない。弱さを必死に隠そうとしているこの人に言うべきではないと、言葉を飲み込む。 「頼りない副委員長をカバーするのは優秀な後輩の務めですからね」  代わりに出てきたのは、かわいげなんて微塵もないそんな言葉で。ああもううまく行かないと臍を噛む。この、弱々しい先輩に、僕は馬鹿みたいに当たり散らしていたのか。情けなくて、申し訳ない。怒ってくれればいいのに、この先輩はそれをしない。ごめん、ありがとう。そう言う先輩に自分も素直に返せたら、どんなにか楽だっただろうに。優しさに、報いたい。危なっかしいその背中を支えたい。まだ淡い、その感情の正体は。  僕はまだ、知らなかった。この感情が何なのかも、先輩がどれだけ無意識の内に男を誘う仕草をするかも。そして、自分がそれに振り回され、将来エレベーターの壁に頭を打ち付ける羽目に陥ることも。まだ、何も知らなかった。
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