もし由母が風紀室に乗り込んだら

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もし由母が風紀室に乗り込んだら

※由母が風紀室になぜかやってきます ※誰にも事情を話してない設定です ※色々無茶な設定の上に由母の無茶苦茶度合いが若干盛られています _________________________________  なんで。  声にならない息が漏れる。  この人が風紀室にいる。違和感に吐きそうだった。  端から見ても様子がおかしかったのか。二村の手が俺の背を撫でる。冬とは遠い季節。制服も夏服に替わっている。分かっているのに、風紀室の温度が下がったと誤認するほど体は冷え込んでいた。体は寒さを訴えているのに、嫌な汗が体を伝う。 「……、円」  ぽつり、慣れた呼称が脳を撫でる。ハク、と口が空気を求めて喘いだ。 「こいつは由だけどねぃ。円は生徒会の方。誰か知らないけど、部屋をお間違いだよ」  不愉快そうに眉を顰めた牧田は、女性、否。俺の母親から遮るように前に立った。あら、と小さく呟いた母さんはおかしいわと首を傾げる。 「由は死んだのよ? かわいくて、優しくて、賢い子だった。……そこの、円が殺したのだけれど」  怨嗟の籠もったどろりとした視線。一歩後退すると、後ろにいた神谷が肩を支える。 「へっぽこ。あれは誰です?」 「俺の、母さん」  気付かれやしないだろうか。俺と母さんの異様さに。不安に思い、思い至る。いや、もう遅いか。こんな光景を見て、誰が仲睦まじい家族だと思うのだろう。自嘲めいた笑みを浮かべ、俺は牧田の背より前に出る。 「母さん」 「円」 「、なぁに」  母さんの平淡な声が“俺”を呼ぶ。慣れたはずなのに、学園の面子に見られているからか。声が震えた。  母さんの手が俺に伸び、むんずと俺の髪を鷲掴む。 「ッ、」 「金髪。ダメだって言ったの、もう忘れちゃった?」 「……、ごめんな、さい」 「馬鹿な子」 「ちょっと!」    パン、と頬を打たれる。黙ってされるがままの俺を守るように、風紀の面々が母から俺を遠ざけた。打たれた頬がじんじんと熱を孕む。早く冷やさないとそう遠くない内に腫れ出すことだろう。 「……なにかしら」  咎める声に母さんは首を傾げる。なぜそのように見られているのか分からないといった態度に、周囲のヒートアップするのが分かった。 「なんでそんなことするんだ……っ。桜楠も椎名も生きてるだろ!?」  事情を知らない周囲と、言葉を解さない母親。別世界のように断絶した相互は、決してその距離を縮めない。  新歓用に買ったスプレーが風紀の執務机にあったと思い出し、振りかける。黒く染まった俺の髪に、母さんは冷たい目で頷いた。 「馬鹿な真似はしないことね、円」 「……、うん。ごめんなさい。帰ろうか、母さん」 「そう、そうね。帰らなくちゃ。帰って、それで……? 由が、」 「ほら、疲れてるんだよ。落ち着いて息を吸って。そう、吐いて」 「円、」 「うん、なに?」 「なんで殺したの」  様子のおかしくなった母は、どうやら過呼吸を起こしているようで。背を擦る俺の指示に存外素直に従った母は、ぽつりと問いを零した。憎しみの籠もっていない、童のような無垢な疑問。なぜ俺が死んだかなんて、俺が一番知りたかった。 「……さぁ。なんで死んだんだろうね」  俺の答えを、母はもう聞いていなかった。すっかり寝入ってしまった母に溜息を吐き、その体を抱き上げる。 「椎名、」  不安に揺れる声に、そういえばここは風紀室だったと思い出す。いつものやり取りを繰り返す内に、知らず意識から飛んでいた。 「大丈夫、か」  不格好な二村の問いに笑みを浮かべる。大丈夫? もちろん、大丈夫だとも。 「当たり前」  じゃあ俺は母さんを保健室に届けて迎えを呼ぶから、と背を向けると、頭に柔い感覚が降ってくる。バッカ、と呆れた口調の牧田は、俺の頭から手を離す。どうやら手刀を加えられたようだった。僅かな痛みすらもないあれを手刀と呼ぶなら、だが。 「大丈夫な訳ないでしょうに。嘘吐くならもっとマシな嘘にしてよねぃ」  そんなので騙そうなんて俺らのことコケにしすぎじゃない?  ハン、と嘲る牧田に、そうだそうだと賛同の声が続く。さっきのおかしなやり取りで距離を取られるかと思ったんだが。これはなんというか、意外な展開だ。 「赤」 「……なに」  なんとも言えない表情をした青が、自然な動作で母さんを奪う。 「おい、」 「俺が運ぶ。……大事な人なんだろ」 「っ」  赤を見れば分かるよ。  そう呟いた青は、今何を思っているのだろうか。色んな感情がない交ぜになった、複雑そうな目をしながら、抱き上げる所作は格段に優しい。  何も知らないくせに。  険悪な目を、おかしなものを見るような目を、母さんに向けるでもない。ただひたすらに悲しそうで、寂しそうで、辛そうな。事情があると察したような目で俺の大切な人を俺の代わりに運んでくれる。  怖くてまだ手が震えているのがバレたのだろうか。それとも、何も気付いていないながらに俺の意に添ってくれたのだろうか。  俺の怖くて、切なくて、何よりも大切な人。愛してほしいと熱望する人。俺が壊した人。罪の証。  見れば分かるなんて、そんな馬鹿な。俺の過去も罪も、何一つとして打ち明けてなどいないのに。 「……ありがとう」 「どういたしまして。ついでに赤も保健室行くぞ。頬が腫れてる」 「……ん、ああ」  ちらりと振り返ると、いかにも言葉を飲み込んでいますといった顔の面々と目が合う。後で話して貰うからね、という言葉に曖昧な返事を返し、青の背を追う。  話せるだろうか。話さなくてはならないだろうか。話すことであの心地いい空間の失われることが恐ろしくて。俺はそっと息を詰めた。  
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