悪のヒーロー

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悪のヒーロー

もし「あの夏」の生徒会メンバーがヒーロー、風紀メンバーが悪の組織一味だったらというIF小説です。一章30話のネタバレが含まれます。 *  明日の作戦決行のためにD.C.に電話をかける。降りはじめた雨はヘアカラースプレーを徐々に洗い流す。 「……合言葉は」 「チョモランマに回し蹴り」 「確かに。で? 君はFKのナンバーツー、シーナ?」  物怖じしない口調で淡々と問うD.C.に顔を顰める。こいつと話していると情報を得ているのがどちらか分からなくなる。言葉の選び方から声のトーンまで隅々に探られているようなD.C.との会話が俺は好きではなかった。 「……そうだ。先日依頼した情報は上がっているか」 「もちろん。よーく調べさせてもらったよ」 「教えてもらおうか」 「結論から言うとSTKヒーローズは現在通常任務にあたっている。君たちの組織を警戒する動きは見られない」 「……そうか」  俺たち悪の組織FKは明日開催される祭りを襲撃する手筈になっていた。ところがおかしなことにいつもなら毎回邪魔に入ってくるSTKの動きが今回に限って不透明だった。FKはこの春に頭を入れ替えたばかりではあるものの、偵察方法はこれまでと変わりない。もしやSTKの勢力による情報規制が引かれているのではと裏社会で名の知れているD.C.に情報を依頼したのだが……。どうやら大した成果は得られなかったようである。 「報酬はこないだ渡した分で足りるか」 「あぁ。あれだけの量だったらあと二、三回の依頼料にはなるよ」 「……また頼む」 「まいどあり」  プツリと電話が切れる。碌な情報が得られなかったことに舌打ちをしながらアジトへ続く扉を開く。 「あ。おかえりなさい。早かったんですね」  カミヤは俺の姿を認めると本から顔を上げ声を掛けてくる。片手を上げそれに応え、簡易な報告をする。 「D.C.から情報を買ったが大したことは分からなかった。俺は今から奥の部屋に籠る。アオは?」 「頭なら明日に備えてもう寝るとか言ってましたけど」 「健康優良児かよ」  まだ九時だぞ……。  呆れて苦笑いをする。 「アンタは取りあえず風呂でも入って着替えたらどうです? お得意の変装が剥げてドロドロですよ」 「……あー…そうだな。そうする」  脱衣所へと続くドアを開けると、ニムラがタオルで体を拭っている最中だった。 「あ。ただいま。今上がったとこか」 「はッ!? え、お、おかえり……じゃねぇ、アホか脱ごうとしてんな! 出てけや脳みそにスポンジでも詰まってんのかッ!」 「ハァ……?」  構わずドロドロに汚れたワイシャツを脱ぐと、目をかっぴらいたニムラが背中をグイグイと押し脱衣所から追い出しにかかってくる。 「理解できなくてもいいから出てけッ、ダボが!」  思春期の娘かよ。  嫌がられるのは本意ではないので素直に追い出されて共用スペースに行く。上半身裸の俺にカミヤが「げっ」と気まずそうな顔をする。体のあちこちに傷があるからだろう。そんなの気にしないのに。 「……風呂じゃなかったんですか」 「ニムラに追い出された」 「……それはそれは」  若干目を逸らしながら問うカミヤ。気を遣ってくれているのは分かるのだが、露骨に視線を逸らされるのは気分が悪い。カミヤの手を乱暴に掴み腹に手を当てさせる。カミヤは咄嗟に手を引こうとするが残念、力は俺の方が強い。 「ハッ? アンタ何して……っ、ちょ、当たる当たるからッ! おいバカやめろ!」 「え、腹筋触るかなって」 「なんでそんな発想になったんだよホントやめろって!」  ソファに座っていたカミヤは手を取られたことで姿勢を崩し、やがて背をソファに寝かせる姿勢になる。上に圧し掛かるようにして俺の右膝はカミヤの股の間に立ち、手は相変わらずカミヤの右手に添えられていた。 「シーナ!」  不意にドアの方からしたアオの声。釣られ意識が外に向く。カミヤはその隙に俺の体をぐいと押し返した。 「……どいて、ください」  荒い息を漏らすカミヤが左手で顔を隠しながら俺に乞う。 「うっわ……これじゃ俺がカミヤを襲ってるみたいじゃんか」 「こっちからしたらまさしくその通りでしかなかったんですが」  冷静になった頭が危険信号を発する。自分のしたことに半ば引きながら掴んでいたカミヤの右手を開放する。カミヤは荒い息を吐きながら手首をぷらぷらと上下に振った。  そもそも腹筋ってそんなに触らせなきゃいけないようなものだっただろうか。ムッときて思わずやってしまったが、落ち着いて考えてみたらここまでする必要はなかったように思われた。なんというか、居たたまれない。  そろりとカミヤから降り、後ずさりをする。カミヤは上半身を起こし、そのまま顔を俯かせる。 「お、重かったよな、悪い」 「はー……」  ため息を吐いたきり言葉を発しないカミヤ。過ぎた悪戯に怒っているのだろう。悪意がないとはいえやりすぎてしまった。怒るのも当然だ。 「ほんとに……悪かった……」  肩を落とし謝ると、後ろに立っているアオに頭を撫でられる。カミヤは困ったような顔でアオの方を見た。 「……怒ってはないです。けど、今後はやめてください。色々と……持て余してしまうので」  許してくれた! と顔を上げるとパッとカミヤに目を逸らされる。そういえばまだ上半身裸のままだった。 「……風呂行ってくるわ」  流石にもう脱衣所から出ているだろう。  部屋を出て脱衣所の方へ向かうと廊下でニムラとかち合う。 「あ゛あ゛!? お前何で脱いだままなんだよバカか!」 「服着たら落ちたスプレーで汚れるだろうが」 「あぁ……。あぁ……」  一回目の「あぁ」と二回目の「あぁ」の意味が全然違う気がするのは気のせいだろうか。  風呂から上がり自分の部屋に戻る。ベッドの足に手錠で繋がれた彼はガチャガチャと鉄鎖を鳴らしていた手を止める。 「やっほーマドカ。元気?」 「……俺をSTKに帰せ」  掠れた声で俺を見やるマドカにペットボトルの水を投げる。 「何馬鹿なこと言ってんの。戻す訳ないでしょ。折角誰にも言わずに攫ってきたのにさ」  ふっと微笑むとマドカは顔を顰めた。 「なぁ、この手枷を取ってくれ。一人が嫌なら俺と一緒にSTKに行こう。だから、」  言葉を遮るようにマドカの頭の近くの壁を強く蹴る。壁紙は破れ、穴が開いたが気に留めることなく壁をにじる。 「ユ……、」 「うるせぇ。勘違いするなよマドカ。俺は一人が嫌だからお前を攫ったんじゃねぇ。その方が組織のためになるからお前をこうしてここに置いてるんだ」  髪が足の下に挟まれたのか、マドカの目が痛そうに細められる。そっと髪を踏まないように足をずらすと、マドカは俺の足に手を添えた。 「俺が嫌がることはできないんだろ、ユカリ」 「やめろ!」  嬉しそうに緩む口元に寒気がし、手を振り払う。 「……直にSTKの仲間がここに来る。お前も来い、ユカリ」 「うるさい黙れ喋るな! 俺の行動をお前が決めんじゃねぇ!」  耳を塞ぎ後退する。圧倒的に有利なのは俺であるにも関わらず、この場を支配しているのは囚われの身であるマドカの方だった。 「ここにSTKが来るなんてそんな訳ないだろ。お前は明日に備えて街の警戒ポイントを巡回することになってるんだ! 俺が! お前に化けてそう言ったッ!」 「そうか。それでも、来るぞ」  ──ほら、来た。  何気ない口調で告げられたその言葉はあまりに麻薬じみていた。だって。それじゃあ俺がマドカには、ヒーローには決してなれないと証明されたみたいじゃないか。爆音とともにアジトの壁が粉砕される。部屋なんて物は今や跡形もなく、壁のあった場所からは外であったはずの景色が覗いていた。  俺たちの道が交わらないこと。たったそれだけの事実は、俺にとってあまりにも残酷で。にもかかわらず心は喜びの感情を歌っていた。  俺は悪の道を、マドカは正義の道を。それぞれの信念こそが最も美しいものだとそう信じて走ってきた。マドカ、俺はやっぱりヒーローにはなれない。俺にはそんなに明るい道は似合いっこない。歩いてきた道こそが俺の真実なのだ。  歩み寄る味方の姿を認め、マドカは俺に意地悪そうに笑いかける。敵対組織に対するものとしては不相応な明るい笑みに思わず息が詰まる。 「ユカリ」 「……んだよ」 「兄弟喧嘩の続きは、また今度」  外れた手錠を指で回しながら、マドカは俺に背を向ける。もう追いかけて捕らえなおす気なんて起きようもなかった。第一ベッドが大破されては繋ぐに繋げない。  余裕そうに去っていくマドカの後姿にすっかり嵌められたのだとようやく気づく。あの野郎、最初から自分を囮に使ってきやがった。トップのくせに自分をこんな端役に使うんじゃねぇ。  呆れて言葉も出ない。負けた。完敗だ。それなのにどこか気分はすっきりしていた。 「シーナ!」 「無事か!」  心配そうに駆け寄ってくるメンバーに緩く手を振り無事を伝える。この分だとSTKの狙い通り明日の作戦は無理だな。  兄弟喧嘩の続きはまた今度。  仲間に肩を貸され去っていくマドカ。手をピストルの形にし、その背に向けて構える。 「バン」  次は勝つ。  跡形もなくなったアジトを建てなおし再戦を申し込むまではまだまだ時間がかかりそうだった。
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