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二村菖の夏休み
振られた記念。
ほぼ本編
***
「にぃちゃんさ、」
クソガキの言葉に「ああ゙?」と返事をする。誰がテメェの兄ちゃんだと返すのにも飽きた夏休みの終盤。華道の稽古後、抜け出した屋敷の裏には、叔父の従姉妹の息子だとかいうガキがいた。否、いたというには些か語弊がある。というのも、ここは元々俺の場所だからだ。探検と称したこいつが屋敷荒らしをし、辿りついたのがここ。はた迷惑な話だが、大婆様に「仲良くね」と言われてしまった以上打つ手がない。
「にぃちゃん、結婚って女としかできないって知ってた?」
「あ゙?ああ、日本はな」
外国じゃ違うのか!とはしゃぎはじめたガキにうるせぇと顔を顰める。ただでさえ縄張りを荒らされ不快なのに、うるさいとくれば面白くない。「あなたは面倒見がいいですからね」と大婆様は言ったが、お門違いにも程があるだろう。
「な~あ、にぃちゃん!俺、女とは結婚しないから!」
「うるせぇな勝手にしろ!」
このガキ殴ってもいいだろうか。
イライラと飴を口に含むと、ガキは「俺も!」とじゃれつく。なんでこんなに懐いてんだよ。納得いかないものを感じつつ、かぱりと開いたガキの口に飴を放り込む。
「あま、」
口角を下げるガキは、どうやら甘い物を好まないらしい。チビのくせに生意気だ。
「甘いのが無理なら強請るな」
ほら、吐き出せと掌を差し出すと、ガキは「べ」と舌を出す。舌先は飴のせいか少し赤い。受け取った飴を口に含み、ごろりと寝転がる。夏の日差しがジリリと照った。
実家では流しを着ているからそう暑さは感じないが、これが学園なら堪ったものではないだろう。山の日差しはここよりずっと暑く、制服も堅苦しい。想像するだけで熱が出そうだ。
「にぃちゃん、今の間接キス?」
「……脳みそ茹だってんのか」
咽せそうなのを堪え、悪態を吐く。ませているというか、なんというか。
結婚やら、間接キスやら。このガキの提供する話題は碌なものではない。
「茹だってねぇよ!そういやにぃちゃん、好きな子いる?」
緊張した面持ちでくだらない事を言うガキに、内心呆れる。ほら、やっぱり碌でもない。ここでいないと嘘を吐けば、このガキは自分の方が大人だと言わんばかりにませた話題を続けるのだろう。そう思えば、言葉は自然と零れ出た。
「いるけど」
「それって俺!?」
「ほざけガキが。ちげぇわ」
がっくりと肩を落とすガキ。
なんだこいつ。俺のことが好きなのか。そう気付けば全てに納得がいった。大婆様、さてはガキの思惑に気付いてたな。食えねぇ人だと頭を掻き、ガキに向き直る。
「俺の好きな奴は、誰より強くて、誰より弱い馬鹿野郎だ。残念だったな、がきんちょ」
十年早ぇわ。
口内の飴をちろりと見せつけるように笑うと、ガキの顔は沸騰する。
あばよクソガキ。二度と来んな。
逃げるクソガキを尻目に肩を揺らし笑う。あーあ。俺に惚れるなんて趣味の悪いことをするからこうなるのだ。
クツクツと笑い、着流しの装いを整える。
「好きだ、なんて」
本人に言えたらな。
溜息を吐き、稽古場に戻る。……早く。早く夏休みが終われ。
小学生のような願いを吐けど、カレンダーの日数は変わりない。
「……あちぃ」
暑いと分かりきっている制服が、今は無性に恋しかった。
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