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風紀組が入れ替わった話②
各々が自分の体の持ち主に気を付けるべきことを確認した後、俺たちは食堂で夕飯を取ることにした。まずは軽くチュートリアルだ。全員で夕食を取れば体の持ち主本人がいつもの自分の癖などを耳打ちもできる。何より個別で行動されるのが怖かった。二村はいかめしい顔で過ごしてしまいそうだし、青は橙のクラスの友人といつも通りが分からず仲良くできないかもしれないし、橙はやたら情報を集め出すかもしれない。あれ、俺の体以外いつも通りだな。
注文したものを受け取り、席に着き食べはじめる。今日はカツカレーだ。
「隣いい? ゆかりん!」
跳ねた調子の声に顔を上げる。長谷川と三浦、それに花井の三人だ。花井は青の姿を認めたのか、小さくガッツポーズをしている。ごめん、それ中身二村なんだ。
長谷川の問いに答えようとし、口を噤む。ちょいちょいと橙をつつくと、任せろとでもいうように目で頷いた。おお、自分の顔だが頼もしい。
「おーい、ゆかりん?」
中々返事をしない俺を不審に思ったらしく、長谷川は再度俺の体に話しかける。
「黙れ」
自分の声が紡ぐ暴言に冷や汗が出る。嘘だろ。
「ずっと思ってたんだけど。愛称で呼ぶとか舐めてんの? 俺もまだ下の名前で呼んだことないのに?」
お前さっきのあの頼もしい顔は何だったんだよ。あれか、「あだ名呼びやめさせてくれ」「了解☆」ってことかホントやめろ落ち着け。
余計なことを話す前に頭にチョップをかます。「んぐぅ」と情けない声を上げ俺の体は倒れた。よしよしそのまま倒れててくれ。そして何も喋るな。頼むから。
青にちらりと視線を向けると、心得たと浅く頷く。青は殴り倒された俺の体を回収し他の場所へと下がっていった。ところがこうなると困ったのは二村だ。よりによって今この場には花井がいる。花井はいつものように青におずおずと話しかけていた。ああ、とても微笑ましい。青の中身が二村でさえなければ。
二村がこちらを縋るような目で見つめてくるが俺にはどうしようもできない。グッと親指を立て応援すると、親指を地面に向けたポーズを返される。
二村は口角を軽く揉み、目頭を押さえる。そして、ふっと柔く花井に微笑んだ。
「うん、どうした?」
固まった花井に、困った顔をした二村が話しかける。おい二村。オリジナルの方はお前が思ってるよりずっと不愛想だぞ。俺が内心ツッコミを入れていることなど露知らず、二村は愛想を振りまき続ける。あいつどれだけ青に対してキラキラしたイメージ持ってるんだ。あれじゃあただの爽やか兄さんだ。
食堂にいた他の生徒も、いつも眉間に皺が寄っている風紀委員長のにこやかな姿にざわめいている。面白いから動画に収めておこう。二村が頑張っているのをよそに、俺はスマホのカメラで録画を開始する。後で青に見せてやろう。どんな反応をするか見物だ。
ちょうど騒ぎが一段落し、食事が終わったあたりで青と橙が帰ってくる。俺は録画したばかりの映像を二人に見せた。
「なにこれ」
「……ふ」
固まる青と、鼻を軽く鳴らし笑う橙。言っておくがお前は人のこと言えた立場じゃないからな。
「……お前いつもこんなんだろうが」
二村が言い訳めいた口調で弁解する。
「あああ……そうか……そうだよな……」
青は二村の言葉で何かを理解したらしく、顔を顰め天井を見上げた。
「俺が笑ってる時は赤が隣にいるときだもんな……そりゃお前俺の機嫌のいい時にしかいないよな……」
「ちょっと笑おうと思ったら表情筋が思った以上にポテンシャル高くてな……」
なんだ表情筋のポテンシャルって。
というか最初に眉間やら口角やら揉んでたのはそういうことか。確かに二村の表情筋は硬そうだ。
チュートリアルと軽い気持ちで臨んだ夕食の、予想外のハードルの高さに愕然とする。ボロしか出てないぞ、大丈夫かこれ。
不安な気持ちを抱えつついざ寮へ。二村の部屋は308だ。カードキーをかざすとかちゃりと解錠された音がする。
「菖ちゃんおかえりぃ」
「……おう」
二村の普段の受け答えを思い出しながら牧田に返事をする。牧田は俺の返事のおぼつかなさに顔をしかめるも、気にしないことにしたのかスマホに目を戻す。緊張で喉が渇いてきた。俺は共用のキッチンへ行きコップにお茶を注ぐ。どれが誰のものか分からないがまぁいいだろう。
「椎名君にさぁ」
「ア゛?」
「告白するって言ってたじゃーん?」
「ぶぇっほ、げほっ」
予想外の言葉に茶を飲んでいた俺はむせ返る。
「ンなこと言ってねぇだろ」
「それ、俺のコップだけど」
「えっごめん」
あ。
自分の失態に口の端を引き攣らせる。ちらり、と牧田の顔を窺うと新しいおもちゃを見つけたかのような黒い笑みを浮かべている。ぶわり、内心冷や汗をかく。
「ま、牧田くん落ち着こう、な?」
あれ。これ二村のキャラじゃねぇな。というか二村の話し方ってどんなのだったっけ。焦れば焦るほど普段の二村の話し方が頭から遠のいていく。
「ま、まきた」
「どうしたの、椎名くん?」
詰め寄ってくる牧田からじりじりと逃げる。狭いキッチンの奥へと追い詰められる。カタリ、コンロに置かれたフライパンが微かに音を立てた。
「正直どうしてこんなことになってるかは分からないけど──」
足の運びとか、何から何まで椎名なんだよねぃ。
顔を寄せる牧田に心臓が竦む。ふぅ、と耳に息を吹きかけられ、びくりと首を縮める。
「限、界ッ」
詰め寄る牧田に蹴りを入れる。足は股間にきれいに決まった。鈍いうめき声を上げ牧田は崩れ落ちる。
「……ある程度衝撃を逃がしたのにこんな痛いとかどういうこと」
「兄貴分に仕込まれた股間潰しだから当たり前」
「兄貴分って、桜楠?」
「いや、違う」
股間潰しは一秀に教わった。コツは『自分にも同じものが付いているのを忘れること』らしい。正直あれを自分にやられたらと思うと心底恐ろしい。
「鼻からスイカを出すようなってこんな痛みか……」
股間を押さえながら呆然と座り込む牧田。悲壮感すら漂っているように見える。
「んでぇ? なんで椎名はそんなことになってる訳? 菖ちゃんはどうしたの?」
蹲りながら問う牧田。なんと言おうか考えあぐね、そもそも現状が非現実的であることを思い出す。今更一個嘘みたいなことが増えたところでどうってことない。
「日置が、」
「生徒会の?」
「そう。日置が書いた魔法陣で体が入れ替わった。二村は夏目の体の中」
「ふぅん……? とりあえず日置を殺せばいい?」
「待て待て待て待て」
立ち上がろうと腰を浮かす牧田の肩を上からぐっと抑えつける。
「落ち着け。明日の午後四時には元に戻る。それに待つと面白いものが見れるぞ」
「はぁ? 何言って、」
「明日の昼休みの、全校集会。そこでは風紀委員長の挨拶がある」
「よし大人しく待とうか」
分かってくれて何よりだ。
「あっ、でもぉ、俺そわそわして夜寝てる間に日置の部屋とか行っちゃうかもなぁ」
どうする? と視線を流す牧田に顔を顰める。
「一緒に寝ろとでも?」
「えっ~? 俺そんなこと言ってないけどぉ。寝たいの? 困っちゃうな~」
体をくねくねさせながら言う牧田。チクショウ。眉間に皺が寄る。二村の体だ。相当に凶悪な顔になっているだろう。
「……一緒に寝ようか」
「しょうがないなっ、ダーリン特別だからねんっ」
バチーンとかまされるウインク。
「うっわ! この指なに!?」
ぎょっとしたように牧田が言う。おっと、無意識の内に目潰しをしかけていたようだ。
「ごめん、勝手に指が」
「怖すぎない?」
白けた表情で怯えた素振りをしてみせる牧田。お前もかなり言動が危ないからお互い様だろうに。
「さ、寝ようか」
夜はまだまだ始まったばかりだった。
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