春の嵐、緑の夢

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 もう五月なのに寒い。テレビではお天気お姉さんが急な寒さについて解説して、外に中継を繋いでいた。アナウンサーは大風の中、大声で中継をしている。  台風のときなんかもそうだけど、わざわざ外へ出て話す必要があるんだろうか。多分これは皆同じことを思っているはずだ。  ただ、それを深く考えている暇はない。俺は衣装ケースの中からマフラーを引っ張り出した。  いまから出勤。コートに手袋にマフラー。重装備で外へ出ると周りには俺と同じような格好で同じ方向へ行く人が複数いた。  驚くことじゃない。逆の格好をしている人がいたらそのほうが驚く。俺は周りに紛れ込んで駅に向かった。  職場までは電車で一駅。実際にかかる時間はそう長くないけど、圧迫されることを思うと長い。  後ろから押されながら降りて、駅の改札へ。出た後ようやく人が分散してほっとする。  歩いて五分ほどで会社のビルに到着。ビル風がきつい。身体を縮めながら自動ドアを抜けたところで、斜め後ろから声をかけられた。 「おはよう。背中曲がってるよ」 「…この寒さなんだ仕方ないだろ」  やけに明るく言う別部署の同期、板倉恵美に軽く反論を返した。 「そのマフラー、なんか蛇みたいだね」  いきなり変なことを言う。俺はもう慣れているけど、人によっては不快に思える内容だ。どこが? と言うと、模様がと答えた。  言われてみればそう見えないこともない。モスグリーンに鱗に似たごく薄い模様が入っている。 「見ようによっては」  見えると返したら、板倉は何も言わず離れて行った。俺の答えが駄目だったわけじゃなくて、視界に同じ部署の先輩女子を見つけて。    歳の割には奔放。それが板倉に対する最初の印象。半年以上経っても変わらないなと思いながら、自分の部署へ向かった。
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