4、ルード・ブランシェという男

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4、ルード・ブランシェという男

巫女の1日は意外と忙しい。 まず、お祈りに行くための時間がかかるし、お祈り自体も長い。精霊サマが心地よく過ごせるように、宮殿内の掃除も行う。捧げ物は巫女たちの手で切ったり、調理したものじゃないとダメ。 非常にめんどくさい。 まぁ、金を積んで巫女の地位を得た者は、ひっそりと従者にやらせているみたいだけど。俺はそんな人いないから、自分でやらなければならない。 「昔からやってたから、いいけど」 じゃがいもの皮を剥きながら、ぼんやりと考える。それにしても、相変わらず俺の割り当ては多い。 分かってる、俺が余計者だからだ。 神官たちは国王に頼まれて、渋々俺の受け入れを承諾したと聞いている。 「というか、材料足りないし」 はぁ、とため息を吐いて俯く。材料の調達は主に女中や騎士の仕事だ。 身分がバレないように、俺付きの女中はいない。つまり、頼むとなると、シェスしかいないわけだ。他の騎士とは喋ったことがない。 「…」 シェスに頼むと交換条件がついてくるから、なるべく頼みたくない。 調理場から顔を出し、きょろきょろと辺りを見回す。誰もいない。 「…どうしよう…」 「……巫女様?」 「!!」 ばっと顔を上げると、目の前にはいつの間にか青年が立っていた。初めて見る顔だけど、勲章を見るに、どうやら青年は騎士のようだ。 「…っ」 べールを目深に被る。 こんなに近くに寄せてしまったら、正体がバレてしまうかもしれない。 「…。」 「あ、あの、申し訳ありませんっ。急に声をかけてしまって」 俯いて黙っていると、青年はばつが悪そうに謝罪をした。巫女には触れることはおろか、本来なら声をかけることも禁じられている。きっと、俺が怒っているのだと勘違いしているのだろう。 「……誰…?」 「え」 聞こえるか聞こえないかくらいのぽそりとした声で、青年に問う。あまり声を聞かれて、男だとバレても困る。 「……名前…」 「あっ、申し遅れました! 私は、ルード・ブランシェと申します。先月からこちらに配属され、巫女様方をお守りする任に就いております」 青年…ルードは、深々と礼をする。 ずいぶん丁寧な人だなぁと、じっと見てしまう。髪は黒い。さっぱりとした印象を与える髪型だ。つり目ぎみの目は少し強面のように感じるが、口調が丁寧で真面目そう。 シェスも会った当初は丁寧で素敵な人だったのに… (って、なんでまたシェスのことを) 自然と赤らむ顔を悟られないよう、服の裾で顔を隠す。 「……ルード」 「はい」 「……どうして、ここに」 「あっ、見回りです!たまたまこの廊下を通ったところ、扉から顔を覗かせてる巫女様を見つけまして、声をかけた次第です」 ということは、きょろきょろしてるところも、見られたということか。少し恥ずかしい。 「……材料、足りなくて…」 「あっ!そうでしたか。では、私持って参りましょう。何がご入り用でしょうか?」 「…」 足りないものを書き出していく。 果物も足りない、香辛料ももう少しで無くなってしまう。あとは、あとは… でも、こんなに書いても一気には無理だろう。もっと欲しいものはあったが、取り敢えず必要なものを書いて渡した。 「承知致しました。では、少しお待ちください。揃えて参ります!」 そう言うと、ルードは走り去った。 …元気な人だ… でもこれで安心だ。 シェスに会うこともない。 ** 数刻ののち、ルードが帰ってきた。 早い。 「巫女様、持って参りました!」 「……ありがとう」 「厨房に運びますね」 ルードが、「よっ」という掛け声と共に材料が入った木箱を持ち直し、扉を開けて中に入ってきた。 「ではここに」 「…」 「そうだ!巫女様、お名前をお伺いしてもいいですか?」 「……え」 「皆さん『巫女様』なので、呼ぶときに大変でしょう?ですので、名前を」 この男は本当に1ヶ月ここで働いていたんだろうか。巫女の名前を聞いてはいけないと教わらなかったのか。 でも、期待した目で答えを待たれ、教えないのも、なんか。 「…………ル」 「えっ?」 「……アイリール…」 ルードの目を見ながら、ぽそり、と呟いた言葉はルードに届いただろうか。ルードは、きょとんとしている。 「……き、聞こえなかった?」 「あっ、いえ、聞こえました!アイリール様ですね!」 ルードは何故か頬を赤くしながらあわあわと挙動不審に手を振った。 「美しい名前です、ね」 「……そうかな」 「はい!とても…!あっ、えっと、その…も、もし、また困ったことがあったら言ってくださいね!」 ルードは強面だとさっき思ったけど… 笑顔は太陽のように、きらきらと輝いていた。
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