5、誰のものか分かってる?①

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5、誰のものか分かってる?①

あの一件から、ルードとよく話すようになった。相変わらず割り当ての多い仕事に辟易(へきえき)としつつ、ルードに材料を頼んだり、合間に少しだけ話したりして、何とかこなしていた。 俺はあまり喋らないけど、ルードは話が上手で、一緒に過ごす時間はなかなか楽しいものだった。 「それで、町で…」 「……ふふ」 「あ」 一拍の後、ルードは優しげに微笑んだ。 「笑った」 「…!」 ふい、と顔をそらす。 ルードのあたたかい眼差しとは裏腹に、俺の心はサァッと冷えていった。 また、気を許してしまってる。 シェスのことで懲りたはずなのに、どうやら俺には学習能力が無いらしい。 「……あ、の…今日は、もう…」 「あっ!申し訳ありません。長話を」 ほっとした。 これ以上仲良くなってしまっては、また正体がバレてしまう。知っているのはシェスだけで充分だ。ルードは俺のことをただの巫女だと勘違いしてくれているし、普通の、巫女と騎士の関係でいたい。 「あの…また、何かあったらお呼びください。……アイリール様」 「…、」 ルードは手を軽く上げ、不自然に空を掻いた。そのまま曖昧な表情で手を振る。 …そう、それでいい。 ルードは、『巫女様』に憧れを抱いてると聞いた。だから、その熱い視線も『巫女様』に向けられるもの。間違っても『俺』にではない。正直なところ、向けられても…困る。 俺がその視線を向けてほしいのは、 「……」 たった一人だけだから。 ** 「なぁ、『巫女様』」 日が暮れるのを窓からぼんやりと眺めていたら、すぐ後ろから声が聞こえたきた。一瞬、体が強ばる。でも気にせず外を見続けた。 騎士というのは、みんなこんなに気配を消すのが上手いのだろうか。 「…何か用?」 「…」 話すのは久しぶりだ。まず、会えなかった。 避けてたわけじゃない。むしろシェスが避けてたんじゃないかってくらい、会えなかった。 だから、声をかけてくれて本当は嬉しい。顔をしっかり見たい。直接触れたい。キスも、その先も… 望まない関係のくせに、こんな風に思ってしまう自分の浅ましさに笑えてくる。 「ふーん、しばらく会ってないから欲求不満かと思ってたけど、そうでもないんだな」 「…?」 イラついたような声に違和感を感じ、そろりとシェスの方に顔を向ける。 「っ?!…っ…ぅあ、ん…っ」 シェスは強引に顎を引き寄せ、唇を奪ってきた。性急に口を割り開かれ、舌が口内を暴れまわる。歯の裏側をつつ、と撫でられ、ぶるりと体を震わせる。 「…ふぁ、っ」 「こうやってあの男もたらしこんだのか?」 「…あの男…?」 「ルード・ブランシェ。アイルはよーく知ってるだろ?」 驚いた。 シェスは俺のことなんてちっとも気にしてないと思ってたのに。ルードと話していたことを把握してるなんて。 「そ、れが…何…」 「あの男は怪しい」 「…怪しい?」 「真面目で優しい仮面の裏には、毒蛇が潜んでいるかもしれない」 ちろ、と首筋を舐められ、体が跳ねた。 「そ…っ、それはシェスの方だろ!」 「ふーん、俺?」 「ルードはそんな人じゃない」 「……へぇ。あいつが『巫女様』拐いの犯人でも?」 「は…?」 ルードがそんな人なものか。確かにあまり近付いてこないように警戒はしていたけど、あんな風にきらきらと笑う人が、酷いことをするわけがない。 「『巫女様』は世間知らずでいらっしゃる」 くつくつと笑うシェスに、無性に腹が立った。だから、余計なことまで言ってしまう。 「シェスよりルードの方が信じられる。ルードに先に会えてたら良かったのに」 そうしたら心の隙間にシェスが入り込むことは、なかったかもしれない。 …。 …でも、シェスのこと、結局好きになってたかな。 「…」 「?…シェス、」 黙ってしまったシェスを見上げる。 すると、鋭利にすがめられた冷たい目に射竦められた。 「な、何だよ…」 「アイル」 「いた…っ、」 ギリッと腕を掴まれる。 「お前は、誰のものだ?」 「…?」 「ダメだろ、他の奴に遊ばせちゃ」 「おしおきだな?」と、耳元で囁かれ、ずくり、と体が疼いた。
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