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神代クロナの家系はみんな目が弱かった。神職をしている家系だから、先祖がそういった関係で盲になったと伝えられている。
クロナは小学一年生のときにとうとう盲目になってしまった。子供とは残酷なもので、幼稚園で仲の良かったミツキちゃんもユウキくんもクロナから離れていった。自分たちと同じように校庭を駆け回れないクロナを皆が疎んだ。
クロナは物分りの良い子供だったから、寂しかったけれどかつての友達にしがみつかなかった。そうすると嫌われなかったが腫れ物扱いされるようになった。けれどマシロは違ったのだ。
特別仲良くしたわけではなかったが、見かければ挨拶をしたり席替えで班が同じになれば「よろしくね」と言った。暇なとき、何気ない会話をした。校庭で遊ぶとき、絶対に遊べないけれど毎回クロナを誘った。マシロのそういった行動がクロナは嬉しくて、マシロの声が聞こえるとドキドキするようになった。友達になりたかった。
だからマシロを家で遊ばないかと誘ってみた。「ごめんね、今日は帰ったらおばあちゃん家に行くの」と断られてしまったが。
仕方ないことだからまた今度誘ってみよう。そう思ったけれど、クロナは同級生の会話を聞いてしまった。
「マシロ、人に優しすぎだよね」
「ね。神代とか勘違いしてる」
「マシロだけならいいけどうちらも好かれたらやだ」
「わかる!」
「マシロとちょっと距離置く?」
人間の醜さを知った。そして自分が仲良くしようとしたらマシロが疎まれることも。友達にはなりたいけれど、相手のことが1番のためクロナはマシロと距離を置いた。しかしマシロは特に変わらず話しかけてきたから、クロナはやっぱり嬉しくて仕方なかった。自分が健常者だったら叶ったのかしら、と思うと悲しくて悲しくて、毎日泣いた。だけれども泣いたってどうにもならない。
だから家にある古書全部に目を通した。そしてまじないをして、毎日願い祈った。「マシロの特別になりたい」と。
そうしたら、ある日突然ピンク色の物だけが見えるようになったのだ。その日からポツリポツリと1つずつ色が見えるようになっていった。信じられなかった。医者に行ったけれど、何が何だかサッパリ分からない。
しかし他と同じようになれて嬉しかった。まじないの効果なのか、効果だとしても願ったこととは違うが、やっと皆と仲良くできると思った。小学六年生の終わり頃には大体のものが見えるようになったから、思い切って話しかけた。
「あのっ私、私も、遊んでもいい!?」
クロナはその日初めて学校で目を開けて、クラスメイトの姿を見た。
「……え」
皆が目を見合わせる。おろおろと視線を交わしながらクロナを時々見る。しばらく沈黙が降った。
「…嘘つかなくていいよ」
そう言ったのが誰だか覚えていないけれど、気遣うような声だった。
「……嘘じゃない」
「ごめん。全然話さないから寂しかったんでしょ。男子と遊ぶ約束してるから、後でしゃべろ」
「う、うん。そうしよ、クロナちゃん」
「く、クロナちゃんの目キレイだね」
「そうだよねー!」と皆が言った。そうやって色々とあやふやにして去っていく。このときクロナの心は固まってしまった。
今まで通り盲のふりをした。キレイだと言われた目はずっと閉じたままにする。キレイだと言われたけれど、多分おかしいという意だろう。相当変わった色なのか、そのときは自分の目元は見えなかった。
だんだんと見える色が増えて大体のものが見えるようになっても、自分の瞳だけは見えなかった。瞳だけ、ポッカリ穴が空いたみたいになっているのだ。ずっとそれが不思議だったけれど、ようやくその理由をマシロが教えてくれた。
マシロ。最後の最後まで優しかった。卒業式の日、彼女は袴を着ていた。少しだけ化粧をしていて、傍を通ったとき化粧品の匂いがしたことを覚えている。
クロナも袴を着ていて、長い髪は母が結ってくれた。マシロは「袴似合ってるよ。可愛い」と言ってくれた。クロナもマシロを褒めたかったけれど、目が見えないふりをしていたから「ありがとう」としか言えなかった。
中学校からは別になってしまって、ずっと会えなかった。優しいマシロをクロナは忘れられなくて、いつしか強い執着を抱くようになった。それが愛なのだと気付いたのはいつだったか。
街ですれ違ったとき、クロナはすぐにマシロだとわかった。忘れるわけもなかった。多少強引だったけれど、何回も会って、遊んで、話して、恋仲になって。やっとクロナがマシロの特別になれた瞬間である。
そして今日、初めて人に話すという秘密を聞いた。クロナは引っかかっていたものが全て溶けた。
クロナは、マシロから色を、視界を奪ったのだ。マシロの視界は特殊になり、その中でクロナは「特別」である。なんとも回りくどいことをしてくれたものだ。けれど、これがあったからマシロはクロナに会う気になったので、恋仲になるまでの手助けになった。
マシロはクロナの瞳の色だけがわかり、クロナは自分の瞳の色だけがわからない。さしずめ視界がリンクしている。他のカップルにはない繋がりだ。
マシロは色が文字で見えると言っていた。多分、名前がついている色は全部クロナの視界に移ったのだ。あれ、そうなると生まれつきこの瞳の色の自分は最初から特別だったのかしら。そんなことを考えると嬉しくなって、ふふ、とクロナは笑った。
「……どしたの」
「…いいや。愛してるよ」
「え、ど、どしたの。嬉しい」
クロナが小さくマシロの額にキスをする。腕の中にいるマシロの頭を撫でた。マシロは嬉しそうに微笑んで、クロナにキュッと寄る。
名前のない、クロナの瞳の色。名前をつければマシロの特別でいられなくなってしまうかもしれない。けれど、名前をつけるならきっと愛色だろう。
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