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学校まで休まされるとは思ってなかった。一日目は普通食が食べられるようになってなかったから、という理由で休み、二日目は体調を整えるため、という理由で休まされた。結果的にはその晋太郎の判断は正解だった。島波神社ではずいぶん緊張していたようで、徐々に疲れが表面に出て来て、休学二日目は長い昼寝をしてやっとスッキリしたのだった。そこに週末がやってきて、けっこう長く学校を休んだことになった。
週明けの学校へ行くと、文化祭という祭りが終わった空気が満ちていて、瑞輝はちょっと疎外感を感じた。俺だって島波神社の五十年祭っていう祭りに参加したんだけどな。
「瑞輝~!」と翼が十年ぶりぐらいの顔でやってきて、瑞輝はその抱擁から逃げた。気味悪いだろ。
翼はムッとして瑞輝を見た。
「なんで逃げるんだよ。文化祭の面白い話をしてやろうと思ったのに。三年生のお化け屋敷のセットでさぁ、夜中に出たらしいんだよ」
瑞輝は翼をじっと見た。「俺にそういう話して、怖がると思う?」
「あ、そんじゃ、三組の片野が告白して振られた話する」
「興味ない」瑞輝は翼を押しのけ、廊下をやってくる二宮美里に近づいた。
美里は自分に向かって来る人影を見て、目を上げた。そして瑞輝の体を上から下まで見る。怪我はなさそう。
「青汁、飲まなくて済んだの?」美里はニコリと微笑んで言った。そう言ってから、徐々に嬉しさがこみ上げてきて笑い出す。自分でもおかしいなと思いながら。
「おう、飲まなくて済んだ。けっこう大変だったけど、一応、成功した」
笑いが止まらない美里を不思議そうに見ながら瑞輝は言った。
「青汁って」と美里は笑いながら言った。「嘘ばっかり」
瑞輝は眉を寄せる。「何だよ、今さら」
「だって心配だったんだもん。ずっと休んでたし」笑い涙を拭きながら、やっと落ち着いてきた美里は言った。
「死んだら休んでねぇって。連絡行くって」
「死ぬとこだったの?」美里は目を丸くした。
「ああ、まぁ、最悪は、そういうことだよ、青汁じゃなくて」
「青汁」ぶっと美里はまた笑い出す。良かったぁ、そういうことにならなくて。「へんてこなモノにもならなかったのね」
瑞輝は少し考えてうなずいた。「おう、まだなってない。珍獣と付き合えなくて残念だったな」
「何言ってるの」美里はちょっとドギマギした。照れ隠しで笑う。
瑞輝も笑い転げる美里を見ていて、何だかおかしくなってきた。コロコロした笑い声は、伝染するようにできているのかもしれない。
「入間君の絵、できたよ」まだしゃっくりのように笑いを挟みながら、美里は言った。「コンクールに出す前に、見て行って。今日梱包しちゃうから」
「見ねぇって」瑞輝は笑って言った。
「だめ。来なかったら写真を撮って学校新聞に載せてもらうから」
「何だそれ」瑞輝は笑った。変な脅迫だな。
「美術室。放課後、見に来てね。ケーキ奢るから」
美里はそう言って、クラスの方に行く。
「行かねぇぞ」
瑞輝の声が聞こえたが、美里は無視をした。
翼はポカンと二人を見ながら、瑞輝がものすごく優しい顔をしているのを見た。あいつ、幸せそうだな。
「おはよ」高木ユアが翼の横を通り過ぎる。
「あ、おはよ」翼は彼女を見た。それから後を追う。「あの二人って付き合ってんのかなぁ、瑞輝と二宮さん」
ユアはチラリと瑞輝を見た。瑞輝がユアに気づいてやってくる。
「久しぶり、元気だった?とかないのかよ、ユア」瑞輝が言って、ユアは彼を見た。
「俺は迷惑がったくせに」翼が拗ねる。「男はいらない。女子がいい」瑞輝が言って、ユアはプチンと切れた。女子なら誰でもいいんでしょ。お生憎さま。私はあんたの都合のいいかわいい女子じゃないから。
「触らないで」ユアは瑞輝が馴れ馴れしく置いた肩の手を払う。
瑞輝はちょっと驚いて笑顔を消した。なんで怒ってるんだ。
「呼び捨てにしないで。気安く声もかけないで」ユアはプイと教室に入り、自分の机についた。
「あ~あ、高木さんを怒らせちゃった」と翼が瑞輝をからかっているのが聞こえた。瑞輝は追いかけてこなかった。理由を聞きにも来なかった。ユアは沈んだ気持ちのまま、ため息をついた。二宮さんは美人だし賢いし優しい。男子には超人気だもん。瑞輝と二宮さんは美女と野獣って言われてるけど、本当はお似合いのカップルだと思う。瑞輝もすごくいいヤツだもん。二宮さんは賢いからわかっちゃってるんだ。それなのに私に馴れ馴れしくしたら彼女に嫌われちゃうじゃないの、バカ瑞輝。気をつけなさいよ。ちゃんと女子の気持ちを考えなさいよ。彼女でも何でもない子を呼び捨てなんかしてたら、やっぱり嫌なもんだよ、誰でも。
一方、瑞輝はユアに出会って以来、突然の強い拒否に驚いていた。いつも柔らかくバカにはされているが、あんなに嫌悪感むき出しにされたのは初めてだ。俺が何をした? いや、いろいろしてるだろうけど、休み明けにこれは何だ。文化祭を放り出したのを怒ってるのか? 休み前に何か約束してたっけ? 俊哉とのことで怒らせてるのが我慢できなくなったとか。常日頃の怒りが溜まっていて今日一気に吹き出したとか? ちょっと時間を置けば解決するんだろうか。
翼が文化祭で起きた小さな事件なんかを喋っている横で、瑞輝はじっと考えていた。拒否されることには慣れている。だからあんまり深入りしないように努めている。でもユアや俊哉と仲良くなった頃は、自分がそういう立場だってことに気づいてなかったから、無防備に仲良くなってしまった。もう随分長くつきあってきたから、もしかしたら拒まれることなんてないだろうって調子に乗ってた。違うんだな。そういう都合のいいことってのは、やっぱりないんだ。
瑞輝はため息をついた。あんなこと言っていたけど、晋太郎やばあちゃんだって、本当はがっかりしてんじゃないのかな。貧乏な黒岩神社の貴重な収入源だったってのにさ。このままセラピストがいつまでもドクターストップかけたらどうするんだろう。晋太郎やばあちゃんから「やっぱり仕事を受けてくれ」って言いにくいだろうな。そんときに仕事がまだ来るかどうかもわからないのに。俺の龍の力だっていつまであるかわからないのに。
「俺、帰るわ」瑞輝は幸い鞄を持ったままだったので、翼に言った。
「はぁ? 今から一時間目だぞ」翼は目を丸くする。
「気分が悪いから帰ったって言っておいて」
瑞輝は靴を履き替え、校舎の裏の駐車場側から学校を出た。正門には教師が立っていて、遅刻した生徒を待ち構えているから、脱出は難しい。裏門は基本的には生徒の出入りはないので、ノーチェックだ。ただし職員室があるので教師の目にはつきやすい。
「おい、どこ行く?」
やっぱり廊下側の窓から声をかけられて、瑞輝は振り返った。これが神崎の声じゃなかったら無視したところだ。神崎はあごひげをきれいに剃っていた。前より若々しくなり、健康そうだ。
「良くなったよ、顔」瑞輝は神崎に言って、走り出した。
こらぁと声がしたが、振り返らずに走った。
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