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「先生と恋バナはなんかやだ!」
「やだって、恋バナするつもりなんですか?」
先生はにっこりと笑う。
なにそれ、みんなから人気がある佐藤先生だけど私はちょっと苦手だ。
いつも笑顔で、整った顔を崩すことなく分け隔てなく生徒に接してる。
聖人君主すぎて、近寄りがたい。
「とくにお話しすることないかなーって。はは」
「ほかの先生も心配されてましたよ。あんなに作品作りに熱心だったのに、最近上の空で色もぼやけてきてるって」
「はぁぁぁ??
色がぼやけてる!?」
何それ。
「おー、そこで怒りますか」
「教師が生徒をそんなふうに言って良いんですか!?」
「事実でしょ。この前の講評で、中途半端な絵を出して、講評中もボーと聞いてて、まだ画塾なら良いですが、ここは大学ですよ。何しに来てるんですか?何を描きたいか模索するのは良いですが、ボケっとした絵を講評する教師陣の、気持ちも考えて欲しいですね」
ぐうの音も出ない。
悔しい。悔しい。
最近斎藤のことや、高島さんの、ことで頭がグジャグジャで、提出期限よりも形にすることしか頭になかった。
誤魔化せると思ってた。
形にすれば、先生たちからある程度評価してもらえるって。
「そりゃあ、えっと、」
なんなの。
この見透かした感じのムカつく先生。
「私も色々あって、中途半端な絵になって悪かったと思うけど、はぁぁぁ、あと少しで解決するで、ほっといてもらいませんか?」
同じ日本画の教授が教務室にいるのに、この話をするのは嫌だ。
自分ができない人間って公表されてる気分。
「良いですね」
落ち着いたバリトーンで話に入ってきたのは木村先生だ。70代のおじいちゃん先生で、それでも、展覧会ではいつも、受賞されてる公明な大家だ。
「若い人は悩むと良い。
佐藤先生も別に意地悪でここに連れてきたわけじゃないんですよ。君のことが心配で、少々お節介焼きたくなっただけなんですよ」
「木村先生」
佐藤先生も木村先生には強く出れない。
良いぞ!木村先生!
「若い人の悩みは僕にとって輝かしいものです。一つ一つが大切で人という人格の深みをつけてくれる。色は重ねるだけ重ねると濁ってしまうが、経験というのは重ねるだけ深い色味を出すものです」
木村先生。すごい深いこと言ってる気がするけど、なんだか、寂しそうな顔。
よくわからない。
色のことならわかるけど、人生の深みって何?
極めると何になるの?
「ふふふ。佐藤先生もあなたも若い。
老成した者の言葉など興味ないかもしれないが、やらないで後悔するよりやって後悔しなさい。
人生は選択しかない。少しでも後悔ない道を選ぶんだよ。ほらほら、佐藤先生もコーヒー飲んで仕事に取り掛かりましょう。展覧会も近いから先生も忙しいでしょう?えっと、あなたも悩みを誰かに話したくなったらまた、来なさい。
我々教師陣は生徒の作品の講評だけじゃない。
君たちを支えるのが僕たちの仕事なんだからね」
「、、、はい」
なんだかよくわからず、佐藤先生と木村先生にお辞儀して教務室をでた。
よくわからない。
わからないけど、今私が悩んでることは人生の深みの悩みらしい。
高島さんで、斎藤で、
私は変わっていくんだろうか。
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