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先代
――こっちだ、君は、ゲンさんとミヨさんのところに帰るんだ。
周囲を窺っていると、直接、頭に響く声があった。
同時にあの二人の顔が浮かんできて、何故かそれが「ゲンさんとミヨさん」なのだと分かった。
「あなたは、誰」
相手に届くかどうかわからなかったけれど、僕は声を出してみた。
――俺は、先代チビ、とでも名乗っておこう。俺も、あの二人には随分と世話になった。でも、ちょっとドジやらかして、悲しませることになってしまった。
目の前に、おぼろげながら僕より少し体毛の色が薄い「ネコ」が現れる。
「ドジって」
――元々二人には可愛がってもらってたんだ。ある時、車にぶつかってな。それでも二人のところに帰ったんだ。そしたらセンセイのところに連れて行ってくれた。でも、もう手遅れだった。それからしばらく、面倒を見てくれていたけど、結局「こっち」に来ることになったんだ。とにかく、あの二人は信用できる。俺のことも、最期まで面倒見てくれたからね。
「じゃあ、あなたはまさか……」
――そう、生きてはいない。もっとも、だからこそ、君を救うことができた。
「何故、僕を助けてくれたの」
――二人のところに、帰って欲しいんだ。俺だけじゃない、俺の姉さんや兄さん、他の仲間達もそう思ってる。
――私がその姉の、四代目トラよ。
「先代のチビ」と同じ様な体毛のネコが、もう一匹おぼろげな姿を見せた。
――ぼくは、兄のクロだ。もっと二人を信用すればよかったと、後悔してる。
全身が真っ黒なネコが現れてそう言った。
――アタイは三代目のトラ。こいつらの母親で、根っからの野良だよ。
体の大きな、茶トラのネコが現れた。
――俺のことは、育ててくれなかったよな。
少し拗ねた様に、先代のチビが呟く。
――悪かったねぇ。でもそれは、クロのことがあったからさ。アタイが育てるより、人間に懐く方が、アンタのためだと思ったんだよ。せっかくご飯くれてるのに、全然食べなくて、冬の寒さにやられちまって……アタイ等の中で、一番早くこっちに来ることになったからねぇ。
三代目トラが、クロに視線を向ける。
――だからごめんって、母さん……
もう、何度も言われているのだろう。クロは少し項垂れながらも、少しうんざりした表情を浮かべた。
――私が初代のトラよ。
――僕は、その息子で初代コゲだよ。
――ワタクシは、その妹のシロと申しますわ。
――俺が二人の弟、二代目のコゲだ。
――オイラが、初代のチビだよ。
それからも次々に、いろんなネコが現れ、どれだけゲンさんとミヨさんに可愛がってもらったか、世話になったかを語った。
それにしても、みんなトラだのチビだのコゲだのシロだの、そんな名前ばかりで、しかも二人のところにいた時期が被ってなければ、同じ名前が付けられていてややこしい。
だいたいチビ、なんて成長したらチビじゃなくなるのに、ずっとそう呼ばれ続けるのは、なんだか、納得がいかない気がする。
――じゃあ、マリーの方がいいのか。
「それは嫌だ。だいたいマリーって女の名前だよね」
先代のチビに、思わず答えた。でも、心の中で思っただけなのに、どうして分かるんだろう。
――「こっち」に来ると、いろんなことが分かるんだ。君の心を読むくらい、簡単だよ。
また、読まれた。
――マリーじゃなくても、ナポレオンとかアレキサンダーとか……ああ、ジークフリートなんてどうだ、そういう方がいいって言うのか。
「そんな、難しい名前で呼ばれても、分からないよ」
――じゃあ、素直にチビにしておけよ。ゲンさんとミヨさんの家はこっちだ。近くまで案内してやるよ。
そう言って先代チビは、僕の前を歩き始めた。
しばらく進むと、急に先代チビが立ち止まった。他のネコ達が、威嚇しながら前へ突進する。
「またお前等か。たかが猫のくせに、何ができるっていうんだよ」
いつの間に先回りしたのか、ナツヒトの声が聞こえる。
――これ以上、あの子に手出しさせないわ。
――お前なんか、ぼくらをモノのようにしか扱わないくせに。
――絶対、許さないよ。
再び、強い光が現れた。
「くっ、放せ」
巨大化したみんなが、ナツヒトを地に押さえつける。けれども、激しく手足を動かして藻掻くナツヒトに、ネコ達の姿が徐々に小さくなって、透け始めた。
――ごめん、さっきので力を使い過ぎたみたいだ。
――これ以上、君を守ることができそうにないよ。
聞こえる声が、細く、弱くなっていく。
――こっちに逃げろ。
先代チビが、進む方向を変えて駆け出した。僕は、一瞬振り返って、消えていくみんなの姿を目に焼き付けると、慌ててその後に従った。
「マリー、僕を置いてどこへ行くの」
ナツヒトの声が、どこまでも追いかけてくる。
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