先代

1/1
前へ
/4ページ
次へ

先代

――こっちだ、君は、ゲンさんとミヨさんのところに帰るんだ。  周囲を窺っていると、直接、頭に響く声があった。  同時にあの二人の顔が浮かんできて、何故かそれが「ゲンさんとミヨさん」なのだと分かった。 「あなたは、誰」  相手に届くかどうかわからなかったけれど、僕は声を出してみた。 ――俺は、先代チビ、とでも名乗っておこう。俺も、あの二人には随分と世話になった。でも、ちょっとドジやらかして、悲しませることになってしまった。  目の前に、おぼろげながら僕より少し体毛の色が薄い「ネコ」が現れる。 「ドジって」 ――元々二人には可愛がってもらってたんだ。ある時、車にぶつかってな。それでも二人のところに帰ったんだ。そしたらセンセイのところに連れて行ってくれた。でも、もう手遅れだった。それからしばらく、面倒を見てくれていたけど、結局「こっち」に来ることになったんだ。とにかく、あの二人は信用できる。俺のことも、最期まで面倒見てくれたからね。 「じゃあ、あなたはまさか……」 ――そう、生きてはいない。もっとも、だからこそ、君を救うことができた。 「何故、僕を助けてくれたの」 ――二人のところに、帰って欲しいんだ。俺だけじゃない、俺の姉さんや兄さん、他の仲間達もそう思ってる。 ――私がその姉の、四代目トラよ。  「先代のチビ」と同じ様な体毛のネコが、もう一匹おぼろげな姿を見せた。 ――ぼくは、兄のクロだ。もっと二人を信用すればよかったと、後悔してる。  全身が真っ黒なネコが現れてそう言った。 ――アタイは三代目のトラ。こいつらの母親で、根っからの野良だよ。  体の大きな、茶トラのネコが現れた。 ――俺のことは、育ててくれなかったよな。  少し拗ねた様に、先代のチビが呟く。 ――悪かったねぇ。でもそれは、クロのことがあったからさ。アタイが育てるより、人間に懐く方が、アンタのためだと思ったんだよ。せっかくご飯くれてるのに、全然食べなくて、冬の寒さにやられちまって……アタイ等の中で、一番早くこっちに来ることになったからねぇ。  三代目トラが、クロに視線を向ける。 ――だからごめんって、母さん……  もう、何度も言われているのだろう。クロは少し項垂れながらも、少しうんざりした表情を浮かべた。 ――私が初代のトラよ。 ――僕は、その息子で初代コゲだよ。 ――ワタクシは、その妹のシロと申しますわ。 ――俺が二人の弟、二代目のコゲだ。 ――オイラが、初代のチビだよ。  それからも次々に、いろんなネコが現れ、どれだけゲンさんとミヨさんに可愛がってもらったか、世話になったかを語った。  それにしても、みんなトラだのチビだのコゲだのシロだの、そんな名前ばかりで、しかも二人のところにいた時期が被ってなければ、同じ名前が付けられていてややこしい。  だいたいチビ、なんて成長したらチビじゃなくなるのに、ずっとそう呼ばれ続けるのは、なんだか、納得がいかない気がする。 ――じゃあ、マリーの方がいいのか。 「それは嫌だ。だいたいマリーって女の名前だよね」  先代のチビに、思わず答えた。でも、心の中で思っただけなのに、どうして分かるんだろう。 ――「こっち」に来ると、いろんなことが分かるんだ。君の心を読むくらい、簡単だよ。  また、読まれた。 ――マリーじゃなくても、ナポレオンとかアレキサンダーとか……ああ、ジークフリートなんてどうだ、そういう方がいいって言うのか。 「そんな、難しい名前で呼ばれても、分からないよ」 ――じゃあ、素直にチビにしておけよ。ゲンさんとミヨさんの家はこっちだ。近くまで案内してやるよ。  そう言って先代チビは、僕の前を歩き始めた。  しばらく進むと、急に先代チビが立ち止まった。他のネコ達が、威嚇しながら前へ突進する。 「またお前等か。たかが猫のくせに、何ができるっていうんだよ」  いつの間に先回りしたのか、ナツヒトの声が聞こえる。 ――これ以上、あの子に手出しさせないわ。 ――お前なんか、ぼくらをモノのようにしか扱わないくせに。 ――絶対、許さないよ。  再び、強い光が現れた。 「くっ、放せ」  巨大化したみんなが、ナツヒトを地に押さえつける。けれども、激しく手足を動かして藻掻くナツヒトに、ネコ達の姿が徐々に小さくなって、透け始めた。 ――ごめん、さっきので力を使い過ぎたみたいだ。 ――これ以上、君を守ることができそうにないよ。  聞こえる声が、細く、弱くなっていく。 ――こっちに逃げろ。  先代チビが、進む方向を変えて駆け出した。僕は、一瞬振り返って、消えていくみんなの姿を目に焼き付けると、慌ててその後に従った。 「マリー、僕を置いてどこへ行くの」  ナツヒトの声が、どこまでも追いかけてくる。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加