24人が本棚に入れています
本棚に追加
「龍気ってのは力でしょ。そしたら余分は捨てたらいいんじゃないんですか?」
「バーカ」伊藤は瑞輝の横顔を突いた。「やっぱり君はダメだなぁ。弟君はすぐにわかってくれたよ。余分な力が僕の命を奪うってことですね、ってね。聡明な子は違うね。君のいいところって、器がでかいってところだけだね。心も弱いし、頭も悪い。龍気がなきゃ、体だって大して強くない。性格だってひねくれてるし、顔も大したことないし、背も高くないし、口も悪い。いいとこないよ」
うるせぇな。瑞輝はそう思ったが、煙草の火を押し付けられたくないので黙っておく。それぐらいの知恵はある。
「余った分は体に悪いって意味ですか?」
「そう言ったろ。今」伊藤は瑞輝がますますムスッとするのを見る。ふふふ面白い。
「なんで俺が九で弟が一ってわかるんですか?」
「説明してもいいけど、君が理解できるようになるには、百年かかるよ。とりあえず、そこはスルーしよう」
瑞輝は黙って自分の指先を見た。悔しいが伊藤に従うしかない。
「そして君が覚醒した頃から、弟君の体調は目に見えて悪くなってる。心臓が悪くなって、大好きな野球もやめざるを得なかったみたいだよ。君と違って、エースで四番っていう典型的なヒーロー体質だったのにねぇ。惜しいことだよ」
俺と違ってな。瑞輝は息をつく。
「わかるかい? 君がやるべきこと」
瑞輝は答えずにシートの背に体を埋める。その組まれた指の上に、伊藤は写真を一枚置いた。瑞輝はじっとそれを見た。自分と同じ顔の奴が、見慣れない人たちと笑っている。瑞輝はその写真の一人一人を見た。自分はこの人たちを知っていると瑞輝は思った。日に灼けた顔のスポーツマン風の男の人、それと小柄な女の人。弟の横には十歳ぐらいの女の子がいた。
「妹もいるんだよね、君には」伊藤が言った。「かわいいだろ。おまけにやっぱり賢いみたいだよ」
瑞輝は唇を噛んだ。
「その写真は君にあげよう。よく考えることだ」
伊藤が言って、瑞輝は写真を睨んだ。気持ちが揺れていた。自分で自分がどう思っているのかわからない。弟が幸せそうに笑っているのに嫉妬しているのか、それともそれが壊れたことを喜んでいるのかわからない。妹が存在したことを自分が喜んでいるのか、憎んでいるのかわからない。
「業界じゃ君たち兄弟ともを消そうって動きが優勢なんだよ。君、ボウッとしてると殺されちゃうよ」
瑞輝は目を上げた。「俺も弟もってこと?」
「まぁねぇ。わからなくもないよね。今時、龍気なんて借りなくても暮らして行けるもん。もう必要ないって意見が大多数だよ。未来永劫、龍気は必要って思ってるのは入間のジイさんか僕らぐらいで、あとは危ないから捨てちゃおうってのが優勢。その保守派の中に、急進派ってのがいて、君が覚醒したってニュースが入ってから、君らをどう消滅させようか策を練ってるんだよ。まぁ君は大丈夫だよ、黄龍の力が守ってくれるから。問題は弟だね。彼らに惨殺されるより、君がスパッとサクッと苦しみなく殺した方が、みんな幸せなんだよ」
伊藤がいつものように軽く言い、瑞輝はじっと写真の笑顔の弟を見た。
「さ、時間だ。金剛寺に送っていくよ」伊藤はハンドルを握った。
最初のコメントを投稿しよう!