■ 対面 ■

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 これじゃ延泊しなくちゃな。  翌日、伊藤が言って、瑞輝は仕方なく晋太郎に電話をかけることになった。このまま黙ってここにいて、翼に迷惑をかけるわけにもいかない。  寝ている分には、三十センチほどある胸の傷が熱を持って痛むことと、貧血でクラクラすること以外には不都合はなかった。移動は難しそうだった。伊藤の部下が応急処置でラップを胸に巻き付けてくれたおかげで、ちょっとはマシだ。その上からテーピングテープで固定されている。息をするたびに痛むが、それは我慢しなければいけない。 「そろそろ本当のことを告白した方がいいんじゃないか?」伊藤はニヤニヤしながら携帯電話を掲げて言った。瑞輝は手を出して黙っている。 「君が言えないなら、僕が代理で言ってあげよう」伊藤は携帯のボタンを押す。 「何て説明するんだよ」 「本当に君はバカだな。聞いてればわかる」伊藤は起き上がろうとする瑞輝の首を右手で押さえ、左手で電話をかける。瑞輝は抵抗しようとしたが、グイと指を押し込まれて力が抜けた。意識を失ったようだ。 「あ、ごめんよ。落としちゃった」  伊藤はペロリと唇をなめた。ほぼ同時に携帯電話に相手が出る。「あ、入間晋太郎さん?」 「はい」電話の向こうの晋太郎は不審そうな声を出す。 「えーと、北陽大学の伊藤と申します」 「ああ」晋太郎はその名前を覚えていた。「瑞輝なら、今日は友達の家に…」 「いやいや、瑞輝君、僕と一緒にいるんですよ、実は」  電話の向こうが無言になり、伊藤は一瞬切れたかなと思った。 「どういうことですか」静かに電話の向こうが尋ねる。  伊藤は瑞輝を見下ろしながら、にやりと笑った。やりにくそうだな、この兄貴は。直情型の方が扱いやすい。 「友達の家に行くっていうのは嘘でした。実は僕の仕事に付き合ってもらってるんですよ。申し訳ありません」  またしばらく無言になり、小さな咳払いが聞こえた。 「そうですか。今、どちらです?」落ち着き払った声が戻って来る。 「ええと…それはちょっと言えないんですけど」 「瑞輝の声を聞かせてください」 「彼、今寝てるんです」 「昼の二時に?」 「ええ」 「起こしてください」 「今寝たばかりで」  無言。 「怪我をしているんですか」疑問形でない形で晋太郎が言う。 「ちょっと」伊藤は瑞輝の体を見下ろす。いや、ちょっとじゃないな。けっこう、と言うべきか。 「瑞輝は普通の薬は効きません」 「はい、それはご本人にお聞きしました」 「それなら結構です。瑞輝はいつ戻りますか?」 「何をしたか、何をしているかは聞かないんですか?」 「聞いてお答えいただけるんでしょうか?」 「答えられることには答えます」 「瑞輝はあなたと同じ知識を持って、あなたについて行ったんですか?」  伊藤は少し考えた。「もしかしたら、僕よりもよく理解しているかもしれません」  ふっと晋太郎が電話の奥で笑う。 「では瑞輝が起きたら、私に電話するようにお伝えください。本人から聞きます」  面白くない。伊藤は息をついた。 「瑞輝君は家に戻らないかもしれません」  それが挑発だとわかっているかのように、晋太郎は静かに返す。「それは瑞輝の意志でですか?」 「いや、彼の意志ではないですねぇ。というか彼の意志がなくなると言うべきかな」 「伊藤さんは龍清会の方ですか?」  晋太郎が言って、伊藤は自分の携帯電話を耳から離し、じっと見た。通話中という文字が見える。そして電話を耳に戻した。 「そうです。ご存知でしたか」 「ええ、まぁ。かすかに父に聞いたことがあります。双頭龍がどうのとか、龍穴がどうのとか」 「なぁんだぁ」伊藤は笑った。「お兄さん、関係者じゃないですかぁ。隠すことなかったんだ。瑞輝君、必死で隠していたのに」 「何を隠してるんです」 「弟君を殺すことですよぉ。『黄龍之書』にもあったでしょう、乱れた場合は、力を統一しなくちゃいけないってことです。そんでもって、統一したら分散することも。つまりは瑞輝君をパッと散らすんですけどね」 「それは、失敗例じゃなかったでしょうか?」  ムッと伊藤は言葉につまった。瑞輝もそんなこと言ってたような。 「私はその本をちゃんと読んでませんけど、結果的にあの本は過去の失敗集というか事故記録というか…それをなぞるのではなく、そこからヒントを得て、独自の道を見つけることを求めているのだと思うのですが。瑞輝があなたについて行ったのは、それを見つけたか、見つけようとして行ったんでしょう。瑞輝の弟というのとは会えましたか?」 「いえ、あともうちょっとなんですけど」 「そうですか」 「瑞輝君、起こしましょうか」 「いいえ。後で自分で電話させてください」 「わかりました」  伊藤は少々当惑しながら晋太郎との会話を終えた。そして瑞輝の頬を叩く。 「おい、起きろ、寝たふりしてんじゃねぇ」  瑞輝は目を開く。そして笑った。「バレてたか」 「兄貴は相当怒ってんぞ、あれは。夕方ぐらいに電話してみな。ちょっとは怒りも冷めてるかもしれない」 「怖いなぁ。家に帰りたくねぇなぁ」 「帰りたくても帰れないかもしれないけどな」 「今日ってクリスマスイブでしょ。サンタがプレゼントくれてるかもしれないのに。帰ります。絶対帰る」 「あの冷血兄貴が何をくれるっていうんだ」 「晋太郎じゃない。サンタクロースです」 「神社には来ないだろ」 「わかんないですよ。間違って来るかも」  伊藤は呆れて瑞輝を見た。バカだな、やっぱりこいつは。  テレビをつける。昼のワイドショーや再放送ドラマ。どれもクリスマスの話題ばかりやっている。 「伊藤さんて家族いないんですか」  瑞輝が言って、伊藤は瑞輝を睨んだ。「おまえに関係ないだろ」  瑞輝は黙り込み、布団をかぶってしまった。  テレビをしばらくボウッと見ていたが、伊藤は鞄から木箱の本を取り出し、中を改める。確かにこれは過去の記録だ。書かれたのは、四百年ほど前のようだ。それ以後の記録はない。新しいものは、伊藤も知っている。業界に記録が残っているからだ。 「おまえ、サンタに何をもらいたいんだ」  伊藤がベッドに背を向けたままつぶやいた。瑞輝は布団から目を出し、伊藤を見た。伊藤はくるりと椅子をまわして振り返る。 「カノジョ、とか」  伊藤は笑った。「それは自力でなんとかしろって言われるだろ。ていうか神社だろ。縁結びの神様ぐらいお招きしたらどうだ」  瑞輝は黙ってまた布団をかぶり、伊藤は本にまた戻った。
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