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保守急進派と伊藤に呼ばれている笹尾たちは、自分たちでは全く保守急進派とは思っていなかった。伊藤が異端なのである。あの業界の異端児だった入間喜久男の遺志を継いで、奇妙な儀式をやろうとする伊藤には何も言われたくない。たかだか十四の子どもに全てを集めるなんて狂気には付き合ってられない。
笹尾は他の四人の神官とともに、連れ出した中森悠斗を石詰神社の境内に運ぶ。拝殿の前にある石畳の上に布を敷いてぐったりしている少年を寝かせた。
人の気配を感じて笹尾も神官たちも辺りを見た。静かな足音がして茶髪の学生服の少年が歩み寄る。目の前で寝かされている少年とそっくりなので、笹尾も双子とわかっていながら少し当惑した。
「近づくな」笹尾は入間瑞輝に言った。
瑞輝は笹尾たちの手前十メートルほどで立ち止まり、赤い布を見た。その上にいる悠斗のこともじっと見る。悠斗の指がぴくりと動く。
ビシッと笹尾側の神官が布の脇に水を張り、簡易の結界を張る。
瑞輝は小さく首を振った。
「君はここにいてはいけない」笹尾は瑞輝の背後を指差した。「帰りたまえ」
瑞輝は笹尾の後ろの悠斗を見ていた。かなり悪そうだ。モヤモヤとした煙が悠斗の上を覆っている。
「弟の分を俺が吸収すればいいんだろ。それは聞いてる。ちゃんとやる」
「結界術も封印術も修祓法も知らない君には、何もできない」笹尾はそう言いながら、瑞輝の持つ空気に圧倒されまいと足を踏ん張った。
「話を聞いてくれないなら、実力行使しかないんだけど」瑞輝が言った。
「だったら、こちらも残念ながらそうするしかない」
笹尾が言うと、瑞輝の後ろから何人かの男が現れた。警護要員といったところだろう。
そうだ、こっちは三百人いるんだった。瑞輝は以前、学校帰りに襲われたことを思い出した。今回はあの倍はいて、そして近くに悠斗がいるので龍の力を思いっきり使うというのも憚られる。そして瑞輝は相手を倒したいわけではなかった。悠斗の近くへ行き、自分ができることをしたいだけだった。たぶん、あの結界を破って中に入り、悠斗の前に立てばわかる気がする。これまでにいろんな神事や厄除けをしてきて、体が勝手に動いたように、今度もきっとそうなる。だから。
太い腕が後ろから掴みに来たのを避けて、横からの挟み撃ちを何とかかわしたところで、再び後ろ襟を取られて体をねじった。前からのタックルを膝蹴りで応酬したものの、頭がクラクラして膝をついた。当然、そこをつけ込まれる。
瑞輝は棒を持った相手に側頭部を殴られそうになって、腕でそれを止めた。
とっさに龍の力が放出される。同時に結界の中の悠斗がビクンと体を跳ねさせるのを感じて、瑞輝はそちらを見た。マズい。やっぱり龍の力は使えない。
「よそ見してる場合じゃないぞ」嘲笑気味の声が聞こえ、瑞輝は後ろに引き倒された。
わかった。よそ見はしない。龍の力も使わない。上等じゃないか。瑞輝は土に手をつき、とどめを刺しに来る相手を睨んだ。胸の傷が痛むが、この際無視だ。俺があのクソ坊主にどれだけ苛められてきたか、見せてやる。
笹尾は瑞輝の動きを目で追っていた。確かにこれはすごい。急がないと、あと数分もすれば六人を伸してしまいそうだ。こういう奴には腕力は無駄だったか。
「早く進めよう」笹尾は結果内に入り、周りを神官たちにしっかり固めさせた。
いくら力の強い黄龍でも、まだ不完全な覚醒だと聞いている。ちょっとした結界も破れないのは既に検証済みだ。ここで二重に結界を張ってしまえば、彼も入れない。
笹尾は清めの水を撒き、塩を悠斗の四方に散らす。そして懐から古木で作った箱に入った、中が空洞の水晶を出す。悠斗の頭の半分ぐらいの大きさで、それを少年の胸の上に白い布を敷いて置く。ここに龍気を封印するのだ。
呼び出すのは簡単だ。宿主が生命の危機にあればいい。既にこの少年は限界に近づいているので、呼ぶものさえあれば龍気は反応する。笹尾は少年の手を取った。指先を小さく清めた針で刺す。血が丸い球のようにふくらんだら、それを水晶に一滴落とす。
バシンと大きな音がして、一番外側の結界が揺れた。
瑞輝が揺らしたのだと笹尾にはわかる。が、振り返らない。作業を続ける。あり得ないが、万が一、彼が結界を力づくで開くと困る。早く終わらせなければ。
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