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 そこで我に返る。刀を地面に突き刺し、周りに無意識に結界を張る。悠斗が震えている。瑞輝は悠斗の胸にある水晶を払い落とした。こんなもんに封印ができるもんか。  笹尾は神官たちに引きずられるようにして、布の上から離された。もうあとは龍気の放出を待つだけだったのに。あの子どものせいで。伊藤のせいで。 「悠斗」瑞輝は生気のない弟を見下ろした。何かが舞い降りるのを待ってみる。いいアイデアが幸せの白い羽みたいに舞い降りてこないものか。じいちゃんが昔教えてくれたことが、頭にふと思いついたりしないだろうか。でも頭の中は空っぽだ。瑞輝は唇を噛んだ。ほら、ここまできて、何もできないってのはないだろ。  瑞輝は顎から血の混じった赤い汗が悠斗に落ちるのを見た。それが悠斗の頬を伝い、首筋に流れて行く間に肌に吸い込まれて行くのを見た。瑞輝はゴクリと唾を飲んだ。なんだこりゃ。  正確には、赤い血だけが吸い込まれて、汗は表面を流れ落ちる。  瑞輝は自分の左手の包帯を巻き取った。さっきから傷が開いて血が出ている。その手を悠斗の首に当てる。血がゆっくりと悠斗に流れて行く感覚がした。わかんねぇけど、勘だけど、これしかないような気がする。心なしか悠斗の白い顔に、赤みが戻って来たような。  バシンと衝撃があって、瑞輝は悠斗の上に倒れた。後ろから車に追突されたような感じがした。振り返ると笹尾たちが瑞輝の結界を破ろうとしていて、伊藤が抵抗しようとして吹っ飛ばされていた。瑞輝は悠斗を抱き起こそうとして、また新しい衝撃を受けて横に手をついた。  瑞輝のにわか作りの結界は、笹尾たちには隙だらけに見える。押せば揺らぐ。強固ではあるが、衝撃には弱い。集中力が切れれば、あちこち脆くなる。  邪魔しやがって。瑞輝は拳を作って地面を叩いた。そして自分でも驚いた。自分の頭上で稲光が走ったから。瑞輝は思わず上を見た。何だ今の。伊藤も笹尾も他の神官も驚いた。が、笹尾はいち早く瑞輝の気がそれたのに気づいて飛び込んだ。  瑞輝は横から大きな体にタックルされて地面に倒れたが、すぐに体をねじって横に外れた。そこに地面に突きさした刀があり、それを掴み抜き取る。そして笹尾に向かって構えた。 「私を斬るか」笹尾が言って、瑞輝は小さく首を振った。 「邪魔すんな」瑞輝はそう言って、刀の刃に左手を当てた。血がほしけりゃやるよ。 「何を…」笹尾は目を丸くした。  ボタボタと瑞輝の手から血が落ちて、悠斗の体に落とす。悠斗の体から出ていたモヤモヤした煙がうねり、形作っていく。瑞輝は舞い上がって行くそれを見上げた。 「なんでだよ」瑞輝は空に怒鳴った。なんで出て行く。悠斗の中にあったものは、本来の場所に戻れ。  瑞輝はその煙を掴もうとして、手を伸ばし、空から再び稲光が落ちて来て、手の真ん中に命中する。落雷に当たったように、瑞輝は地面に吹き飛ばされて倒れた。煙も天に向かって立ち上り、塊になる。それがスッと消えたように見えて、突然目の前いっぱいに広がって瑞輝の方に襲いかかって来た。  瑞輝は上体を起こしてその煙をじっと見た。  煙に包まれて、瑞輝はぐっと拳を握った。悠斗の記憶だか意識だかが竜巻みたいに流れ込んでくる。妹が生まれたときに病院に見に行ったことも、ハワイに行く時に飛行機に酔ったことも、中学受験に合格して家族でお祝いしたこと。双子の兄がいるなんて全然知らなかったこと。知ったのは、兄が自分を殺すだろうと言われたときが初めてで、それでも鏡を見ながら、もし兄が一緒に暮らしていたらどうなっただろうって想像したこと。きっと憎んだりしてないだろうなってことも確信的に思っていたこと。会いたかったな、ちゃんと。  煙が大蛇のようになって悠斗に襲いかかる。大きく開いた口に鋭い牙が見える。悠斗の体が食い散らされる幻覚を見て瑞輝は唇を噛んだ。目の端に土に刺した刀が見える。  瑞輝は首を振った。剣に手を伸ばし、柄を握る。違う。あの煙も悠斗の一部のはずなんだ。だから斬るわけにはいかない。気持ちは拒否しているが、体は勝手にやるべきことをやろうとする。右腕と左腕がバラバラの意志を持ったように体を引き裂こうとする。右腕が剣を振り上げた。左腕が悠斗の前の煙を守ろうと前に出る。  大きく振り上がった剣は、思い切り振り落とされる。瑞輝は左腕がバキンと半分に切り落とされた気がした。煙の大蛇が大きく膨らんで霧散した。  辺りが一瞬で静寂に包まれ、土煙が舞い、次第に落ち着いて行く。  ひゃぁ…。伊藤はゴクリと唾を飲んだ。寝かされていた悠斗のすぐ横に瑞輝が倒れている。そして悠斗の手の指先から流れている血が、瑞輝の手の傷口から瑞輝の中に戻っていくのが見える。伊藤は目をこすり、見返した。見間違いじゃない。どう見たって、あれは逆流している。  笹尾たちもそれを見ているようで、呆然としている。  伊藤は血が流れるのがゆっくりになり、そして途切れると、立ち上がった。  悠斗の首に手を当て、脈を見る。そうするまでもなく、その体に生きている感触がないのはわかっていたが、念のためだ。伊藤は悠斗の前で両手を合わせた。怨霊になって出てきませんように。 「よくやった、坊主」伊藤は瑞輝を見下ろすと、地面に落ちていた刀を取り、鞘に納めた。
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