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瑞輝はほとんど言葉を発しなかった。飛行機でも言ったのは「宿題をぜんぜんやってない」ということぐらいだった。晋太郎が気にするなと言ったら、瑞輝はうなずいて窓の外を見ていた。時々、瑞輝は目をギュッと閉じたり、顔に両手を当てて息を止めたりした。かと思うと、何かをじっと見て考えていることもあった。周りの音にも風景にも気づかず、時間を止めていることも多かった。
家に帰ってすぐに疲れて眠り、翌朝はほぼいつも通りに起きて来て、外で手や顔を洗い、本殿の回廊の掃除をしたようだった。朝食にやってこないので、晋太郎が様子を見に行くと、瑞輝は廊下の隅に座り込んでいた。晋太郎が近づくと、気づいて顔を向けた。
「まだ体力が戻ってないんだから、無理するな」晋太郎は瑞輝の手から雑巾を取って、バケツにつっこんだ。
瑞輝は廊下の柱にもたれて動かない。
「今日、八隅さんが来てくれる」晋太郎は瑞輝の横に腰掛けた。「ちょっとは楽になるだろう」
「いらない」瑞輝は本殿の柱のどこかを睨みつけて言う。昨日の無気力さとは打って変わって激しい拒絶だ。
「今のおまえには必要だ」晋太郎は穏やかに言った。
「いらないんだ。どこも痛くない」
「体の中も?」晋太郎は慎重に尋ねた。
「どこも痛くない」瑞輝はそう言って、晋太郎を見た。「俺は奪った方だから何も失ってない」
晋太郎は静かに息を吸い込み、小さく息をついた。
「そういう言い方はよせ。おまえが望んだことじゃないのはわかってる」
「晋太郎にはわからない」瑞輝は晋太郎を睨みつける。
晋太郎はそう言われて黙った。そうだな、わからないことばっかりだ。伊藤から、あるいは笹尾という人から、あるいは別の関係者から粗筋を聞きはしたが、瑞輝が何を思って何を見て何を感じたかはわからない。本人でないとわらからないことだらけだ。
「だったら教えてくれ」
晋太郎は静かに頼んだ。
「何が辛い? おまえの弟は、おまえに殺されたんじゃないって聞いてる。力に耐えきれなかったって。それがおまえの罪悪感になってるなら…」
瑞輝は黙って立ち上がり、逃げるように神社の外に出て行く。
晋太郎は一人にさせたらいいのか、追いかけて無理矢理にでも話を聞いた方がいいのかわからず、戸惑った。瑞輝が自分の感情と戦っているのは明白だった。唇を強く噛んで空を見つめている姿も見ている。葛藤が強すぎて、言葉にならないのもわかっている。見ているのは辛いが、横で待つしかないか、と晋太郎はため息をついた。とにかく瑞輝がどんな態度を取っても、そばにいてやろう。晋太郎はそう決意して瑞輝を追った。
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