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刀で切れた傷は、眠っていた二週間のうちにほぼきれいになっていたし、胸の傷もふさがっていた。乱闘でついた打撲痕や擦り傷もほとんど目立たなくなった。
十日ほどして、家にいてもしょうがないから学校へ行きたい、と瑞輝が言って、晋太郎は戸惑った。困った時は母に相談する。すると政子は「家にいても邪魔だから、行ったら?」と言った。「こういうときは、普通の生活に戻してやるのが一番早く良くなるんだよ」
そんなもんかと晋太郎は登校を許可した。
政子の言った通り、その日から瑞輝は日常に戻っていった。昼間、自室の畳の上でぐったりと寝転んで何もせず何も言わなかった瑞輝を見ていると、どうなることかと思っていたが、学校へ行き出すと学校であったことを話し、問題も起こさなかった。
数日後には金剛寺の保育所にも行きはじめ、自転車でフラフラ寄り道してくることも増えた。それでも晋太郎は心配だった。以前の瑞輝なら発する言葉のほとんどに文句が含まれていたのに、今ではそれがすっかり息を潜めてしまったからだ。軽口は少し出た。お年玉をもらい損ねたとか、餅を食べたかったとか、どうでもいいことをたまに言った。
瑞輝が学校に行きはじめて一週間を過ぎた頃、瑞輝が夜、晋太郎の部屋をノックした。晋太郎は一体何事かと思ったら、瑞輝は思い詰めたような顔で部屋に入って来た。
とうとうあの日あったことを告白されるのかと緊張して晋太郎は瑞輝と向かい合って座ると、姿勢を正した。瑞輝は正座し、視線を下げたままで拳を握る。
「俺、高校受験してもいいかな」
晋太郎は予想外のことに、目を丸くした。瑞輝はそれを見て誤解する。「あ、ダメならいいんだ」
「違う」晋太郎は慌てて言った。「いや、それは嬉しい。どうせ行ってもらおうと思ってた。おまえがどうしても嫌だって言うんじゃなければ」
「ホントに?」瑞輝は晋太郎を見た。
晋太郎は何度もうなずいた。「どこか行きたいところができたのか?」
「いや…このまんまじゃダメだなと思っただけで」
まぁ何でもいい。晋太郎は苦笑いした。向上心ってのが芽生えたか。
「このまま、言われるままに龍がどうのってので金もらっても、嬉しくないから。弟を食って得た力を頼りに、のほほんと生きて行くわけにはいかないし、どこかの会長と握手してありがたがられて喜ぶほど、俺はバカじゃないつもりだから」
晋太郎は瑞輝をじっと見た。そんなことを考えていたのか。晋太郎は自分が瑞輝をイライラして見ていたのを反省した。事件以来、家での瑞輝は生気も覇気もなく、いつまでも落ち込んでいるように見えた。学校へ行きはじめても、まだ心を凍らせたままで、いつまでこだわっているつもりかと晋太郎は内心苛立っていた。それでもじっと我慢した。泰造がそうしろと言ったからだ。
「それも大事な仕事だけどな。信仰ってのは、誰かの支えになることだ」晋太郎は瑞輝の気持ちを察して言った。瑞輝は伊藤に手厳しく指導されたようだ。しっかりしろ、おまえは名実共に龍気のトップに立ったんだぞと。瑞輝はそのことを一人で考えたのだろう。
「でも、その相手が一般常識も知らない奴だと、支えにもならないだろ。金剛寺とか、島波神社とか、晋太郎とか見ててもわかるよ、ちゃんといろんなこと知らないと人と喋れないってことも。そのために勉強しなくちゃいけないんだろ?」
「勉強は学校に行かなくてもできるけどな」
瑞輝は目を伏せた。「責任が、あるから」
晋太郎は眉を小さく寄せた。「何の」
答えはしばらく返ってこなかった。瑞輝は聞こえなかったかのように、じっと畳を見ている。晋太郎はもう一度聞こうとして、口を閉じた。瑞輝の唇が動いたからだ。同時に瑞輝は目を上げて晋太郎を見た。
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