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雲が厚い。そのせいで昼だというのに薄暗い。
レストランの窓際でフィッシュアンドチップスをほお張りながら入り江に停泊している漁船を眺めていると時折故郷の港と二重写しになる。この暗さは地元の色とよく似ている。
桟橋の向こうにはドーバー海峡が広がっている。浜辺には日本では間違いなく見かけないカラフルな倉庫がずらっと並んでいて可愛い。自分がいるレストランの後ろ、崖の上には城塞跡が残ってるそうな。興味ないけど。
管理人さんに教えてもらった港町はロンドンから列車で約一時間半のところにあった。この古い港町は日本から持ってきた観光地図にもガイドブックにも載っていない。彼女曰く『安全で静かで清潔で深い歴史を感じさせる、今若い女性の間で人気急上昇中の観光地』だそうだ。湾岸道路を隔てて鄙びた外観はそのままにリノベーションした漁師小屋や土産物屋が並び、緩やかな丘に沿って住宅街が立ち並んでいる。
駅で貰った観光案内図を見るとショッピングストリートや中世の教会、歴史資料館や博物館がぎっしり書いてある。
レストランを出ると寒暖差でぶるっと震えた。日本よりは穏やかだとは言えやっぱり二月。吹きつける風は湿気を含んでいるせいか頬に刺さる。ダウンコートは着ていても足から昇ってくる寒さは防げない。列車の時間まで三時間。ゆっくりショッピングストリートを回っても時間は十分ある。
観光案内図を片手に歩き出した。
ショッピングストリートの店を隅々まで回ったけれどこれといって欲しいものはなく、小一時間で観光案内図の端っこまで来てしまった。これからどうしようかな。
一本向こうの道からだろうか。女性たちがどっと笑う声が聞こえて思わず立ち止まった。今日は観光客が多いせいか、あちらこちらで女性の声が響いている。もう一度案内図を見てみよう。目の前の道を右に曲がると中世の教会、まっすぐ行くと歴史資料館。資料館には特に興味は惹かれない。教会でも覗いてみるかな。
そう思って右に曲がった途端、激しい後悔に襲われた。目に映ったのは華やかなドレスを纏った女性たちの一団だ。その中央に真っ白なウェディングドレスに身を包んだ女性がこの世の幸せを一身に受けているかのごとき満面の笑みを浮かべている。彼女たちは教会までおしゃべりをしながら行進しているようだった。私は即座に回れ右をして足早にその場を去った。
胸の中を嵐が吹きまくる。
何のことはない、これは嫉妬だ。赤の他人に私は嫉妬してるんだ。だって仕方ないじゃない、あれからまだ一年と経っていない。ざっくり抉られた傷はそんなに簡単に癒えない。私はそんなに心広い人間じゃない。
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