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「お母さーん、毛糸無いー?」
玄関にランドセルを放り投げると、私は智士のマフラーを編むことにした。
「瑠璃、ランドセル片付けなさい」
台所でご飯の準備をしていたお母さんは、私の声より大きな声だった。
「毛糸毛糸っ」
「瑠璃!」
眉間にシワが入るお母さんに押しきられ、しぶしぶ部屋にランドセルを持って行く。
「毛糸って、何に使うの?」
「マフラー、去年編んだのと同じの編むの」
「なんで? まだ使えるでしょ」
お母さんは少し悩んだ素振りをみせた後、押し入れから、私のマフラーと同じ真っ赤な毛糸を持って来て、ニヤニヤしていた。
「で、相手は誰?」
「え?」
隠してもしょうがない、結局このマフラーを智士が巻いているのを見るとバレるのだ。
「智士……」
「ああっ」
お母さんはパッと明るい表情で、手を一度叩いた。その後は何度も頷きながら私とマフラーを編んだ。
智士とは学年は同じだがクラスが違う。
翌日、私は編み始めたことを教えてやろうと智士のクラスに向かった。
「おい、智士」
話しかけた彼は、曇った表情を浮かべていた。
「どうした? また誰かにやられたのか?」
私は周囲を見回し、いつも智士を虐めている男子を睨んだ。
「違うよ、瑠璃ちゃん……」
「違うのか? じゃあどうした?」
「マフラー、いつできる?」
いくら寒くなったからといって昨日の今日にできるわけがない。全く図々しい奴だ。
「何かと思えば、そんなこと? 早くするけどまだできないよ」
呆れて帰ろうとした時、
「違うんだ……転校、するんだ僕」
その言葉に足が止まる。智士の親と私の親同士は仲が良い、昨日の時点でそんな話は聞いていない、雷に打たれたような衝撃が走る。
「いつ!?」
智士の机の両端に手を叩きつけ、目を見開く。
「二学期まで……」
「え!?」
後二週間しかない、去年編んだ時は一ヶ月かかった。その半分で作るなんて……
「わかった!」
私はそれだけ言うと、自分の教室へ戻るふりをして、トイレへ逃げた。個室に入ると堪えていた涙が溢れた。
一線……二線、初めて智士が虐められたのは幼稚園の時、頭を叩かれ泣いていたのを私がやり返してやった。泣き止まない智士にお菓子をあげた。「ハハ」と笑ったのも、この時が初めてだった。
智士との想い出が浮かぶ、駄目だ。
涙、止まらない――――
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