赤いマフラーと小さな恋

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「係長、まだ残業ですかー?」 「あ、うん、ちょっとこれだけ」 衝撃的な別れをして数十年、私の「またね」の、「また」は、訪れなかった。 智士は転校先でも虐められたらしく、赤いマフラーを抱き締めたまま、マンションから飛び降りたらしい。 親からそのことを聞いた時は、涙が枯れるまで泣いた。   もうそんな記憶は霞ませようと、大学を卒業して商社に勤めてバリバリ働いた。 「そんな量、終わらないですって」 部下である古川三花(ふるかわみか)が、 心配そうに私のデスクによってくる。私のパソコンの横には大量のファイルが積まれていた。 「終電までにはなんとかするから、大丈夫だよ」 もう一度カタカタと、キーボードを打ち始める。 「大丈夫って……今日は新入社員の歓迎会ですよ?」 「あのね古川、歓迎会はコンパじゃないのよ」 「分かってますよ、でも……今年は係長と同じ歳の人もいたから……結構イケメンでしたよ」 「だからっ」 顔を上げて古川を見る、派手な巻き髪に気合いの入った流行りのファッションだった。 これだから最近の若者は嫌いだ、仕事よりもプライベート優先。 「ごめんごめん、じゃあ後で行くから、先に始めてて」 「はぁーい、絶対来て下さいよ」 そう言うと古川は逃げるようにオフィスから出て行った。 「同じ歳か……」 私はキーボードの手を止め、首から下げたボールチェーンに通された細くて小さな指輪を眺めた。 「智士……」 私の告白はあれが最初で最後だった。別れ話をしていないから、私の彼氏は今でも智士だった―――― 一時間ほどするとスマホが鳴った。着信は古川、話す内容は、出る前から分かっている。 「もしもし、古川?」 「係長、早く来て下さいっ! 居酒屋『龍宮』です」 「分かった分かった」 渋々データを記憶させると、バックを持ち戸締まりをした。 居酒屋はいつもの行きつけというか、何かあればよく会社で利用させてもらっている場所だった。 「あっ、係長参りましたー!!」 古川のバカでかい声が、一番奥の部屋から聞こえる。かなり出来上がっている、どんな飲み方をしたというのだ。 「ちょっと、古川、静――――」 個室に入った瞬間、私は凍ったように固まった。 「じゃーん! 係長と同じ年の青羽智士君でーす!」 「さ、智……士?」 大きくなって顔つきが変わっているが、間違いなくあの智士だ。 赤いマフラーが、スーツと一緒に壁に掛けられている。 「なんで? 幽霊?」 「ハハハ、驚いた?」 「えー? 係長、知り合いだったんですかー?」 古川の言葉は耳に入ってこない、智士は私に耳打ちした。 その言葉を聞いて、私は驚愕した――――
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