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用意されたのは安い絹ごし豆腐と箸、おろし金。そして小皿の上に載ったマフの実。
「何を始めるのですか?」
「まず、このマフの実だが、外皮を取る」
博士はマフの実のふさふさした毛のついた部分を全てとってしまった。
後に残ったのは、クリーム色の中身だ。見た目はともかく、構造はナッツみたいだ、と助手は感じた。
「次にこれを下ろし金でおろす。現地ではすり鉢のようなものを使っていたがね」
シャリシャリと軽い音を立て、実はクリーム色のもろもろとした細かい粒になった。
「まず、これを小指の先に付けてほんの少量舐めるのだ」
「はい」
言われるままに一口ペロリと舐める。
その瞬間、助手の口の中にはえぐい様な、痺れるような、苦い様な、酸っぱいような味、あるいは感覚のようなものが一気に広がった。
「うわっ、何ですかこれは……」
「ははは酷いだろう」
博士は笑っている。どうやら、これが腐っているとかではないらしい。
「この実はだな、どういう理由があるのかは謎だが、これだけで食べると実に不愉快な味をしている」
「は……はい」
水をがぶがぶ飲みながら、助手はまだ顔をしかめていた。
「ところがだな、現地の人間はこれを食事の際に使うのだ」
「どういう意図でですか?」
「うん、それを今から感じて貰おうと思ってな」
そう言いながら、博士は絹ごし豆腐の端っこにすりおろしたマフの実をほんの少し乗せた。
そして、助手にまず何もかかっていない部分を食べるように指示をした。箸で言われるままに食べてみる。しかし、助手の口の中に広がったのは、安い豆腐の味だった。次に博士は、マフの実がかかった部分を助手に食べさせた。嫌そうにその部分を口に入れた助手の顔は、次の瞬間驚きに変わった。
「これはどういうことです?」
「分かるかね?」
「豆腐が……美味しくなってます。口の中にやや嫌な味もありますが、味わいがくっきりしているというか。とにかく旨いです」
そう言って、助手はもう一口豆腐を食べた。
「そうなのだ。そのマフの実は、かけた食べ物の味をくっきりと感じさせてくれるのだ」
「しかし、やはり実の味は感じてしまいますね……」
「そこは解決済みだ。乾燥させると口に来る強烈な不快感がやや抑えられる。そうすると、くっきりと際立った味の方がより感じられるようになるのだ」
「凄いじゃないですか。どういう仕組みなんです?」
「まだ仮説だがね」
そう言って、博士は一つ咳払いをした。
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