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後姿を見送り、聖職者は聖職者でやることが山ほどある。この混戦にいるパーティは自分たちだけではない。回復役はいつだって足りていない。
他のパーティの負傷者を回復しながら戦場を駆けまわっていると、不意に空が陰った。
瞬間、ゾクゾクと背筋が泡立った。振り仰げば、─── 「飛竜」
誰かの絶望的な声が聞こえた。
こんなところに。龍の眷属が、なぜ…
微かな望みをかけて、単なる散歩だと信じていたかったが、飛竜は羽ばたきを一つすると鬼群の群れを蹴散らすように鋼鉄に匹敵する尻尾を薙いだ。
「っ!」
その間合いに、拳闘士がいた。彼は。
傍らにいた剣士の少女を抱きかかけて庇い、飛竜の尻尾に横殴りに吹き飛ばされた。のを、聖職者はしっかりと視界に捉えていた。
声も出ない。
回復役が前線へ出て何ができよう。しかし足は彼のもとへと駆け出していた。
ぐったりとした拳闘士を、庇われていた少女が引きずるようにして前線から下がってきている。そこへ駆けつけると、彼女へ礼を言ってから拳闘士へ怒鳴った。
「おい! 聞こえるか?!」
「木漏れ日に揺れる精霊の声が」
「聞こえてるな! 今、回復を───」
彼の身体に触れて、そのダメージの深度を悟った。深い。よく冗談を言えるものだ。この深手を負うと分かっていて、ためらうことなく少女を庇ったのだ。
回復に掛かる力と自分が今保持している力の差分を測ってみたが、数字上、若干の上限値を越える。精神負荷が掛かるだろう。
少女が別の回復役を呼んでくると言ったが、聖職者は静かに断った。
一人に二人掛けられるほど、今の状況では回復役が足りていない。それに、───
「大丈夫だ。こいつは俺の仲間だ。俺が回復する」
ありがとう、行ってくれ、と少女に笑いかけると、彼女は深く一礼をして再び、おそらくは飛竜に向かって行ったのだ。
自分も続こうとしたのか、起き上がろうとした拳闘士の頭を聖職者はガッシと掴んだ。
「おい」
「はい」
「信じるからな」
「え」
何を、とツッコむ間もなく、拳闘士は自分の身体からあらゆる痛みが消えたことに気付いた。驚いて相手を見れば、頭を掴んでいた手をひらひらとさせて、なんだよ、とばかりに眉を寄せた。
「まだどっか痛むか」
「いや、…」
「じゃあ動けるな?」
「もちろん!」
ガバッと跳ねるように拳闘士は立ち上がった。ほんとになんともない。見下ろせば、ニヤリと笑う聖職者が見えた。
「よし。一発あのくそ竜を蹴散らして来い」
「女神も羨む華麗な神技で屠ってきてやるさ」
「やかましいわ」
ハ、と嘲笑するも、お互いに自然に差し出した拳を付き合わせ、拳闘士はもう一度走り出した。
その後姿を、いつも見送るたびに。
─── 偶像崇拝などくそくらえ ───
そう思っていた自分でさえ、ああ彼らはきっとこんな気持ちだったのかもしれない、と思ってもいいような気がした。
「任せたぞ」
彼ならきっと、あの飛竜を凹殴りにして意気揚々と戻ってくるだろう。
そう信じて、聖職者は意識を手放した。
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