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 いいかい、よくお聞き。  マリアの育ての親は、そう言って長く伸びた養い子の黒髪をさらりと梳いた。まっすぐ伸びたそれはマリアの顔の大方を隠し、艶やかに肩を滑り落ちている。  何でもマリアの顔も身体も大層醜く、二目と見られるものではないらしい。だからこうして髪で隠して、人目に触れぬようにしなければならないのだ。簡素なドレスの上からローブを羽織り、身体もなるべく見えないように気を付けている。  マリアの姿はそんなであるのに、養い親はとても大切に育ててくれた。正しく愛情を注がれたので、年頃を迎えたマリアは心優しい娘に育っている。髪の間から僅かに覗く口元と袖の先の華奢な指先以外を人目に晒したことは無いが、透き通るような白い肌と美しく弧を描く唇から養い親の言を信ずるものは少なかった。  美しいからこそ隠しているのだ。  人々はそう噂した。  ところでマリアには好いた男がいる。幸い相手も同じ愛情を返してくれて相愛だ。マリアが相当な箱入りであるので未だ手を繋いだことも無いが、年の頃を考えればそろそろ、という思いがお互いに芽生えつつある。尤もそう思っているのはマリアだけで、相手の方はもう随分前から鬱々と過ごしていたのであるが。  相当純粋に育てられたマリアはその事を養い親に相談した。疚しいことだと知らなかったし、そもそも隠し事をするという発想がマリアには無い。 「いいかい、マリア。よくお聞き」  そんなマリアの髪を梳きながら、まだ目も開かぬ幼子を引き取って十六年育てた養父はゆっくりと言葉を継いだ。 「どんなことがあろうとも、その姿を人目に晒してはいけない。お前のそれは、どんな愛情も尊敬も(たちま)ち裏返ってしまうほどに醜い」  愛情深い養い親が言うのだからその通りなのだろう。マリアは理解している。けれどもそれでも、愛する者と触れ合いたいという衝動は抑え難い。  実は今日、初めて指先を絡めた。その甘やかな温みがマリアを捕らえて放さないのだ。 「手を繋いだ?」  驚いたように養い親が目を見張る。髪に添えていた手を滑らせて頬に触れると白磁のような肌に朱みが差していた。 「もう、そんな歳か」  養い親は微笑んで己の左肩を撫でた。だらりと垂れる袖の中に左腕は無い。疾うに失ったのだ。視線を落とせば、右脚も腿の半ばから下が無い。感慨深げにそれを眺めて、男は息を吐いた。ゆっくりと深い、震えるような溜め息を。
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