ボーナストラック 兵士の淡い恋心

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ボーナストラック 兵士の淡い恋心

ノピア·ラシックが将軍になる数年前――。 彼は初陣(ういじん)合成種(キメラ)を7体も仕留(しと)めるという手柄(てがら)をあげ、一躍(いちやく)ストリング帝国内で注目の(まと)となっていた。 「よう、ノピア。大活躍(だいかつやく)だったらしいな」 軽薄(けいはく)そうな長髪(ちょうはつ)の男が、ノピアに声をかけてきた。 イバニーズ·アームブリッジだ。 彼はノピアとは同期(どうき)である。 「なんだ、イバか。ふん、別に大したことではない」 ノピアは先ほどストリング皇帝に呼ばれ、その功績(こうせき)()められた帰りの途中だった。 すれ(ちが)うストリング兵たちが、彼の姿を見る(たび)にヒソヒソと話をし出す。 そんな周囲(しゅうい)の人間を見たイバニーズは、ニヤニヤと笑っている。 その(となり)不機嫌(ふきげん)そうに、ズレてもいないスカーフの位置を直して()を進めるノピア。 (みだ)れてもいないオールバックの髪に何度も手をやるなど、何か神経(しんけい)(さわ)るようだった。 イバニーズには、周りから称賛(しょうさん)されているというのに、苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔をする彼が面白くてたまらない。 「ああ、ノピア、ノピア·ラシック……」 そんな2人のことを、こっそりと後をつけている者がいた。 ショートカットで前髪だけが長く、片目が(かく)れている女性――。 リンベース·ケンバッカーだ。 髪型は男性のようだが、目にかかった髪をかき上げると、彼女の東洋人的な薄顔の美貌(びぼう)(とりこ)にならない男性はいないと思わせるものだ。 リンベースはこないだの戦場で、危ないところをノピアに(すく)われた。 当然、ノピアは彼女のことなど気にもとめていない。 彼は、ただ目の前に敵を殲滅(せんめつ)しただけだ。 自分の仕事をしたにすぎない。 だが、そのことがあってから、リンベースはノピアのことが気になってしょうがなかった。 戦闘終了後(せんとうしゅうりょうご)――。 帝国に戻ってからも(れい)を言えずにいた彼女は、気づかれないようにノピアの後を尾行(びこう)するようになってしまっていた。 「ああ、早くあのときのお礼を言わないと……でも、なんて声をかけたらいいか……だけど、早く言わないと……」 城内にある甲冑(かっちゅう)や、石柱(せきちゅう)などに身を(かく)しながら、ボソボソと(ひと)(ごと)をいうリンベース。 だが、そんなことを(つぶや)いていても、ただモジモジと身を(ふる)わせてノピアの背中を(なが)めているだけだった。 ノピアとイバニーズとすれ違ったストリング兵が、そんな彼女の姿を見ると、またヒソヒソと話をしながら通り過ぎて行った。 しばらくし、ノピアとイバニーズが突然立ち止まる。 「おう、ノピア·ラシック。見事(みごと)な初陣だった」 「はっ、バッカス将軍」 ローバル·バッカス――。 彼はこのときから将軍だ。 バッカスはご機嫌な様子で、ノピアを褒めちぎっているが、その後ろにいたカジノ·ピフォンとイグニ·ヘフナーは表情を(ゆが)めていた。 「俺はお前に期待(きたい)しているんだよ。そのうち俺すら使いこなす将軍になってくれることをな」 大声でガハハと笑いながら続けるバッカス。 それとは対照的(たいしょうてき)に、カジノとイグニはつまらなそうだ。 「それでな。もう聞いていると思うが、次は俺の軍のメンバーとして戦場に参加してもらいたい」 リンベースは、それ聞いて血の気が引いていった。 何故ならバッカスの(ひき)いる部隊は、いつも最前線(さいぜんせん)へ向かい、(もっとも)過酷(かこく)な戦場が多いからだ。 震えるリンベースは、突然走り出しまう。 それから自室へと戻って、盛大(せいだい)(まくら)()らした。 ……まだ兵士として新米なのに。 彼がそんなところへ行ったら大怪我(おおけが)を……いや、下手したら(いのち)を落としてしまうことに……。 コンコン――。 リンベースがベットに(うつむ)いていると、部屋の(とびら)からノックの音が聞こえた。 「リン、私だ、キャスだ。入っていいか?」 キャス·デュ―バーグの声だ。 リンベースはそのまま扉を開ける。 「おい、どうした!? 一体何があったんだ!?」 キャスはリンベースの泣き顔を見て、心配で声を(あら)げた。 リンベースは、泣きながら彼女に説明(せつめい)を始める。 ノピア·ラシックがバッカス将軍の部隊に入れられてしまった。 彼は最前線で戦わされる。 もしかしたら死んでしまうかもと、(はな)づまった声で話をした。 そんなリンベースに寄り()い、なだめるキャス。 よしよしと手で彼女を()でながらベットの上に(すわ)らせ、キャスもその隣に腰をかけた。 「あんな朴念仁(ぼくねんじん)のどこがいいかわからんが、まあ、落ち着け」 「へっ? ボクネンジンって何?」 「そんなことよりも、あいつが帰ってきたときのことを考えろ。それとリン。泣くほど心配ならお前が強くなればいい。そしてあいつを守ってやれ」 それからだった。 リンベースは鍛錬(たんれん)に鍛錬を(かさ)ね、苦手(にがて)だった剣技(けんぎ)射撃(しゃげき)もキャスに教えてもらい、戦場でも手柄をあげるようになる。 そして、その成果か、キャスと共に昇進することとなった。 「やったな、リン。その年齢で近衛(このえ)兵長か」 「それを言ったらキャスなんか将軍じゃない。私なんてまだまだよ……」 リンベースは近衛兵長、キャスは将軍に、それはノピアに続く異例にスピード出世であった(このときのノピアは、すでに将軍の地位にあがっている)。 2人が昇進祝(しょうしんいわ)いで部屋に果実酒を持ち込んで、飲みながら話をしていたとき――。 キャスは、リンベースの部屋であるものを見つけた。 何かの布切れだろうか? それと先端が(ゆる)やかに(とが)った棒状のものが置いてある。 「なあ、リン。これはなんだ?」 キャスが(たず)ねると、リンベースは顔を真っ赤にして(あわ)てだす。 「見ないで、見ないで!!!」 キャスは、そんなに見られてまずいものには見えなかったからか、意地悪(いじわる)くその布を(うば)った。 「さあ、白状(はくじょう)しろ。この布は何だ?」 観念(かんねん)したリンベースは、静かに話を始めた。 この布は、自分が作った手編(てあ)みのスカーフである。 ノピアが将軍になってから、毎年()んでは、彼の部屋にこっそりと置いていっているらしい。 キャスは、ノピアはリンベースが編んだものだと知っているのかと()いた。 リンベースは首を横に振る。 「はあ!? それじゃあ意味がないだろう!?」 「で、でも……彼も身に付けてくれているし……それでいいかなって……」 モジモジと自分の指同士を合わせて言うリンベースを見て、キャスは大きくため息をついて(あき)れていた。 「まあ、でもリンらしいな。そういうのって」 キャスがそう言うと、リンベースはニッコリと微笑んだ。 それから数年後―― 「ふふふ、ふっははは!! 待っていてノピア将軍!!! 新しいスカーフを今編んでいますから!!!」 毎年新しいスカーフを編むのが、リンベースの恒例行事(こうれいぎょうじ)となっていた。 「ふふ~ん♪ 今年は何色がいいかな~♪」 「……リン。今のお前……ちょっと怖いぞ……」 年々布に込める情念(じょうねん)()くなっていっているせいか、毎年見ているキャスは若干(じゃっかん)引き気味だ。 それでも、キャスから見てリンベースが幸せそうなので、何も言うことはなかった。 「ノピア将軍!!! 今年も私の思いを編みこんで届けますよッ!!!」 キャスの感じる通り、彼女の声を聞くに確かに幸福で満ちている。 だが、今年も自分が編んだことを、ノピアへ伝えることができないリンベースであった。
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