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40章
「ルーザー! 気がついたのか!?」
アンが歓喜の声をあげる。
その顔は涙でグチャグチャになっていた。
ルーザーはアンに笑みを返すと、クリアに声をかけた。
「クリア、敵の本陣に向かって斬撃を放てるか?」
「えぇ……それはできますが……。一体何をするおつもりですか?」
「いいから早くやってくれ。敵が向かってくる」
急かされたクリアは、両手に持った2本の刀を構えて振り下とした。
その放たれた飛ぶ斬撃が、機械兵とストリング兵を大きく退ける。
それを確認したルーザーは、空に手を翳すと、アンとクリアの周りを光の壁が覆っていった。
「なんだこれは!?」
アンは光の壁を手で叩くが、まるでビクともしない。
クリアも同じように壁に触れてみるが、アンと同じ結果だった。
「おい、ルーザー!! 私たちを閉じ込めてどうする気だ!?」
アンは壁の中から必死で叫ぶが、ルーザーは2人に背を向けたままだ。
そして、そのまま話を始める。
失っていた記憶が戻ったこと――。
眠っている仲間たちや、ロミーには簡単に説明をしたと――。
「アン、お前やクリアには時間がないため話をしてやれないが、あとで皆の口から聞いてくれ」
アンは、ルーザーの言っている意味が理解できなかった。
ただ、光の壁を叩きながら彼に向かって声を張り上げるだけだ。
クリアも、ルーザーが何も言っているかわからず、その場で立ち尽くしている。
ルーザーは、先ほどの斬撃によって穴の開いた敵陣の中心へと歩き出した。
その途中で、数体の機械兵やストリング兵によるインストガンの電磁波が彼を襲ったが、掌から現れる光の波動によって吹き飛ばされる。
そして、ルーザーはバッカスのところまでたどり着いた。
「これが世界を救った英雄の力か!? だが、まだだ!! まだ我が軍は負けてはいない!!!」
表情を歪めるバッカスに向けて、ルーザーは酷く悲しい顔をする。
「すまないな。私と共にいってもらうぞ」
ルーザーがそう言った瞬間――。
彼の体が突然輝き始めた。
その光は、これまでルーザーが見せたもの以上に眩い光で、周囲を覆い始めている。
「こ、これは……どういうことなのですか……?」
クリアが持つ2本の刀――。
小雪と小鉄が震え始めていた。
「……アン。これから知る現実は、お前によってとても辛いものになるだろう……」
アンの頭の中に、ルーザーの声が聞こえ始めた。
遠く離れた位置にいる彼の声が直接語りかけてくる。
「だが、今のお前なら大丈夫だ……」
「何を言っているんだ……ルーザー!? ちゃんと説明してくれッ!!!」
「さらばだ、アン……」
脳内の聞こえた優しく穏やかな声。
それと共にアンとクリアのすべて視界が光で覆い尽くされた。
その光は、どこか暖かさを感じさせた。
2人の目の前から光が消えると、荒れ果てた大地を埋め尽くしていた帝国軍がすべて消え去っていた。
そこに残っていたのは、先の戦闘で倒れた機械兵の残骸とストリング兵の死体だけだった。
「そ、そんな……ルーザー……ルーザーが自爆したのか……?」
いつの間にか、アンとクリアを守っていた光の壁は消えていた。
アンはその場で両膝をつき、放心状態でルーザーが立っていたところを見つめている。
「あの人……ルーザーは私の代わりに……うぅ……うぅ……」
その横で、クリアはブツブツと呟きながら涙を流していた。
アンは地面に両膝をついたまま俯き、泣きながら叫び声をあげた。
そんな彼女の声が枯れても、アンとクリアの涙は枯れることはなかった。
だが、突然――。
機械兵の残骸の中から人影が現れた。
それは黒い鎧甲冑のような体――。
全身から伸びた配線のようなものが、まるでそれ自体が生きているかのように現れた人影の体を繋いでいく。
「……ワ、ワガストリングテイコクハ……マダ……マダマケテイナイ……」
その人影はバッカスだった。
その姿を見るに、改良を加えたマシーナリーウイルスを自身に投与したのだろう。
だが、すでに全身の機械化が始まっており、とても自我を保っているようには見えない。
「テイコクハ……マケテイナイッ!!!」
デジタルな咆哮をし、アンとクリアに襲い掛かって来るバッカス。
「クリア、まだいけるか?」
「無論です」
短く言葉を交わした2人は、飛び掛かって来るバッカスに向かって身構える。
アンは機械の右腕に力を込め、クリアは両手の刀を逆手に持つ。
「オオオアァァ!!!」
バッカスは、マシーナリーウイルスに感染したことによって得た驚異的な力によって、もの凄い速度で向かってくる。
だが、バッカスがアンとクリアの目の前に立ったとき――。
彼の黒い鎧甲冑がクリアの居合抜きにより両腕が切り飛ばされ、アンの放った電撃で消し炭にされてしまった。
それでも――。
そんな姿になってもバッカスは――。
「……テ、テイコクハ…………マケテイナイ……」
まるで壊れた玩具のように声を発し続け、その姿のままけして倒れずに立っていた。
アンは黒焦げになった、かつてバッカスだったものに近づいて行く。
そして、その体に触れた。
「なんで……なんでそんなになってまで戦うんだよ……」
アンの呟きを聞いたクリアは、そんな彼女に何も言うことができなかった。
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