26人が本棚に入れています
本棚に追加
ボーナストラック 兵士の淡い恋心
ノピア·ラシックが将軍になる数年前――。
彼は初陣で合成種を7体も仕留めるという手柄をあげ、一躍ストリング帝国内で注目の的となっていた。
「よう、ノピア。大活躍だったらしいな」
軽薄そうな長髪の男が、ノピアに声をかけてきた。
イバニーズ·アームブリッジだ。
彼はノピアとは同期である。
「なんだ、イバか。ふん、別に大したことではない」
ノピアは先ほどストリング皇帝に呼ばれ、その功績を褒められた帰りの途中だった。
すれ違うストリング兵たちが、彼の姿を見る度にヒソヒソと話をし出す。
そんな周囲の人間を見たイバニーズは、ニヤニヤと笑っている。
その隣で不機嫌そうに、ズレてもいないスカーフの位置を直して歩を進めるノピア。
乱れてもいないオールバックの髪に何度も手をやるなど、何か神経に触るようだった。
イバニーズには、周りから称賛されているというのに、苦虫を嚙み潰したような顔をする彼が面白くてたまらない。
「ああ、ノピア、ノピア·ラシック……」
そんな2人のことを、こっそりと後をつけている者がいた。
ショートカットで前髪だけが長く、片目が隠れている女性――。
リンベース·ケンバッカーだ。
髪型は男性のようだが、目にかかった髪をかき上げると、彼女の東洋人的な薄顔の美貌に虜にならない男性はいないと思わせるものだ。
リンベースはこないだの戦場で、危ないところをノピアに救われた。
当然、ノピアは彼女のことなど気にもとめていない。
彼は、ただ目の前に敵を殲滅しただけだ。
自分の仕事をしたにすぎない。
だが、そのことがあってから、リンベースはノピアのことが気になってしょうがなかった。
戦闘終了後――。
帝国に戻ってからも礼を言えずにいた彼女は、気づかれないようにノピアの後を尾行するようになってしまっていた。
「ああ、早くあのときのお礼を言わないと……でも、なんて声をかけたらいいか……だけど、早く言わないと……」
城内にある甲冑や、石柱などに身を隠しながら、ボソボソと独り言をいうリンベース。
だが、そんなことを呟いていても、ただモジモジと身を震わせてノピアの背中を眺めているだけだった。
ノピアとイバニーズとすれ違ったストリング兵が、そんな彼女の姿を見ると、またヒソヒソと話をしながら通り過ぎて行った。
しばらくし、ノピアとイバニーズが突然立ち止まる。
「おう、ノピア·ラシック。見事な初陣だった」
「はっ、バッカス将軍」
ローバル·バッカス――。
彼はこのときから将軍だ。
バッカスはご機嫌な様子で、ノピアを褒めちぎっているが、その後ろにいたカジノ·ピフォンとイグニ·ヘフナーは表情を歪めていた。
「俺はお前に期待しているんだよ。そのうち俺すら使いこなす将軍になってくれることをな」
大声でガハハと笑いながら続けるバッカス。
それとは対照的に、カジノとイグニはつまらなそうだ。
「それでな。もう聞いていると思うが、次は俺の軍のメンバーとして戦場に参加してもらいたい」
リンベースは、それ聞いて血の気が引いていった。
何故ならバッカスの率いる部隊は、いつも最前線へ向かい、最も過酷な戦場が多いからだ。
震えるリンベースは、突然走り出しまう。
それから自室へと戻って、盛大に枕を濡らした。
……まだ兵士として新米なのに。
彼がそんなところへ行ったら大怪我を……いや、下手したら命を落としてしまうことに……。
コンコン――。
リンベースがベットに俯いていると、部屋の扉からノックの音が聞こえた。
「リン、私だ、キャスだ。入っていいか?」
キャス·デュ―バーグの声だ。
リンベースはそのまま扉を開ける。
「おい、どうした!? 一体何があったんだ!?」
キャスはリンベースの泣き顔を見て、心配で声を荒げた。
リンベースは、泣きながら彼女に説明を始める。
ノピア·ラシックがバッカス将軍の部隊に入れられてしまった。
彼は最前線で戦わされる。
もしかしたら死んでしまうかもと、鼻づまった声で話をした。
そんなリンベースに寄り添い、なだめるキャス。
よしよしと手で彼女を撫でながらベットの上に座らせ、キャスもその隣に腰をかけた。
「あんな朴念仁のどこがいいかわからんが、まあ、落ち着け」
「へっ? ボクネンジンって何?」
「そんなことよりも、あいつが帰ってきたときのことを考えろ。それとリン。泣くほど心配ならお前が強くなればいい。そしてあいつを守ってやれ」
それからだった。
リンベースは鍛錬に鍛錬を重ね、苦手だった剣技や射撃もキャスに教えてもらい、戦場でも手柄をあげるようになる。
そして、その成果か、キャスと共に昇進することとなった。
「やったな、リン。その年齢で近衛兵長か」
「それを言ったらキャスなんか将軍じゃない。私なんてまだまだよ……」
リンベースは近衛兵長、キャスは将軍に、それはノピアに続く異例にスピード出世であった(このときのノピアは、すでに将軍の地位にあがっている)。
2人が昇進祝いで部屋に果実酒を持ち込んで、飲みながら話をしていたとき――。
キャスは、リンベースの部屋であるものを見つけた。
何かの布切れだろうか?
それと先端が緩やかに尖った棒状のものが置いてある。
「なあ、リン。これはなんだ?」
キャスが訊ねると、リンベースは顔を真っ赤にして慌てだす。
「見ないで、見ないで!!!」
キャスは、そんなに見られてまずいものには見えなかったからか、意地悪くその布を奪った。
「さあ、白状しろ。この布は何だ?」
観念したリンベースは、静かに話を始めた。
この布は、自分が作った手編みのスカーフである。
ノピアが将軍になってから、毎年編んでは、彼の部屋にこっそりと置いていっているらしい。
キャスは、ノピアはリンベースが編んだものだと知っているのかと訊いた。
リンベースは首を横に振る。
「はあ!? それじゃあ意味がないだろう!?」
「で、でも……彼も身に付けてくれているし……それでいいかなって……」
モジモジと自分の指同士を合わせて言うリンベースを見て、キャスは大きくため息をついて呆れていた。
「まあ、でもリンらしいな。そういうのって」
キャスがそう言うと、リンベースはニッコリと微笑んだ。
それから数年後――
「ふふふ、ふっははは!! 待っていてノピア将軍!!! 新しいスカーフを今編んでいますから!!!」
毎年新しいスカーフを編むのが、リンベースの恒例行事となっていた。
「ふふ~ん♪ 今年は何色がいいかな~♪」
「……リン。今のお前……ちょっと怖いぞ……」
年々布に込める情念が濃くなっていっているせいか、毎年見ているキャスは若干引き気味だ。
それでも、キャスから見てリンベースが幸せそうなので、何も言うことはなかった。
「ノピア将軍!!! 今年も私の思いを編みこんで届けますよッ!!!」
キャスの感じる通り、彼女の声を聞くに確かに幸福で満ちている。
だが、今年も自分が編んだことを、ノピアへ伝えることができないリンベースであった。
最初のコメントを投稿しよう!