始まりが終わりだなんてくだらない。

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 小さな壁掛け時計の秒針の音だけが室内に響く。時計は既に0を過ぎた時間を指しており今夜もこの家の主人の帰りがとても遅い事に変わりはなかった。  この家の主人で私の夫である四ツ谷(よつや) 弥生(やよい)は小児科の医師をしておりいつも帰りが遅い。  私は朝早くから夜遅くまでこの夫が親から譲り受けたという大きな屋敷で家政婦と何の刺激も無いつまらない毎日を過ごしているのだ。  夫から家から出るなと言われたことは無い。彼には何度も「渚の好きな事をして、好きな様に過ごせばいい」と言われている。  そう、私の好きになのだ。そこにいるのは私だけ。決して夫が一緒に行動することは無い。  とてもいい夫だと思わない?仕事もしなくていい。家事は家政婦にさせなさい。毎日好きな事をして夕方には家に帰りなさいですって。笑えるわよね?  私の存在意義などここにはなにもないのよ!  結婚式の後から彼が私に触れたことなど、この結婚生活で一度だってありはしない。  あれほど深く望まれて結婚したはずだったのに、ふたを開けてみれば……まさかただのお飾り品だったとはね。  カチャリと鍵の開く音がする。……私はスリッパの音すら立てないように玄関へ急ぐ。 「お帰りなさいませ、旦那様。」  玄関に入り靴を脱ぐ夫に声を掛ける。姿勢よく、綺麗な声で少しでも気に入ってもらえるようにとなんどもネットで勉強した。  自然な動きで彼からカバンを受け取る。彼からカバンを受け取る時ですら、指先1つ触れることは無い。  あの時に触れた冷たい彼の手に、もう一度でも触れる事が出来ればもう少し頑張れたかもしれなかったのに。
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