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勝者がすべて、敗者はクズ
「初めまして。麗皇(りおう)です。お隣よろしいですか?」
俺は丁寧に声をかけ、お客様の隣に座った。
初めて来店されるお客様だ。セミロングの黒髪、薄い化粧、モノトーンでまとめた服装。よく言えば純朴、悪く言えばあか抜けない感じ。きょろきょろとあたりを見回している。ホストクラブ自体、初めてなのかもしれない。
テレビや雑誌、Youtubeでも多くの情報が発信され、ホストクラブは身近な存在となった。料理教室やアパレルショップと同じく、女性がふらりと立ち寄る場所となっている。この女性も、「テレビ番組で紹介されてたから」くらいの、ちょっとした好奇心で来店されたのだろう。
「お名前は?」
「か、佳織です!」
緊張している女性の瞳を見つめ、俺はほほえんで言った。
「なんだか初めて会った気がしないね。
あ、お酒作るよ。一緒に飲んでもいい?」
うなづくのを確認して、お酒を作る。といっても、グラスに氷を入れ、焼酎『鏡月アセロラ』をソーダ割りにしただけだ。
初回料金は、フリータイムで5,000円(税別)。焼酎ボトル1本と、ソフトドリンク飲み放題がつく。
初回にどれだけの印象が残せるかで、指名が取れるかどうかが決まる。すでに戦いは始まっているのだ。
「乾杯」
女性のグラスの下半分に、自分のグラスをそっと合わせ、軽く頭を下げてから頂く。こういうマナーは大切だ。ちょっとしたふるまいの汚さで、著しく印象を落とすことがある。
お客様に職業や年収、年齢を尋ねるのはNGだ。
個人情報に関わる話はもちろん、容姿に関する話もあまりするべきではない。ほめ言葉でも、時に地雷になりうる。新人ホストが下手に容姿をほめて、女性の機嫌を損なうところを幾度となく見てきた。
「休日は何をしてるの?」
最初は無難な話題から攻めるのが一番だ。
「友達と買い物に行くことが多いです。渋谷とか」
「ほんと? 俺も渋谷によく買い物に行くんだ。このシャツも、渋谷のBoyhoodっていう店で買ったんだよね。俺たち、買い物中にすれ違ったことがあるんじゃないかな。ね、これって運命だと思わない?」
運命、という言葉を聞いて、佳織のほおがピンク色に染まる。
運命ってのはフィーリングの言葉だから、根拠なんていらない。つい数十分前まで無関係だった二人を結びつける、魔法の言葉。ああ、なんて便利な言葉なんだ、運命!
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