何と哀れな

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何と哀れな

恐怖と後悔と孤独感を抱えながら一人逃げ回る。 此処は造形が変わったりするのだろうか。 同じ景色が続き混乱する。 先の通りに出ようとしたが、上半身が蠢く牙の生えた無数の蔦のようになった人らしき影が見えて立ち止まった。 まだ人間の形を保っている下半身には蔦が絡められ、ギシギシとぎこちない足取りで、まるで操られたマネキン人形のようだ。 どんどん元の形からかけ離れていく姿が、これは質の悪い夢だったのではないかと錯覚させてくる。 今の男の行動は、ただの巡回なのだろうか。 分からない。 あの形で視覚や聴覚、嗅覚があるかも分からない。 ただ、あの歩き方ではそう簡単には追い付けない筈だ。 恐る恐る顔を出し、行きたい方向に道があるのを確認すると通りへ出る。 念のためなるべく足音がたたないように。 呼吸の音すら煩くならないように。 男が突然走り出したりしないかと警戒し後ろ歩きで。 曲がり角でも男の様子を伺い見えなくなるギリギリまで見張る。 どこかがいけなかった。 俺の背中に何かがぶつかった。 今までと違う、嫌な予感がした。 違うことを祈りつつ振り返る。 願いは即行で打ち消される。 後ろはまったくの壁だった。 失敗した。 今すぐ戻らなければ。 そう思ったが叶わなかった。 男は既に俺が出てきた路地を越え、此方へ来ていた。 此処まで一方通行で先が行き止まりだということを知っているとすれば、今の男にも視覚はある。 あまり幅の無いこの道で男の横を通るのはリスクが高すぎる。 だがこのままでは追い詰められて喰われてしまう。 走り抜けたら。 走り抜けたら助かるかもしれない。 淡い希望を抱き、足に力を込める。 少しでも隙間が大きい方へ向かって走る。 すぐ近くまで来たとき、男の上半身の口が大きく開き隙間を埋めた。 わかっていても足は空走する。 喰われる。 友人達と同じように________________ 「やめないか、水晶」 この街では今まで聞いたことの無い、しっかりとした声。 覚悟を決めて瞑っていた目を開ける。 俺と化け物の間に、黒猫が立っていた。 名前を知っていることから、恐らく化け物の仲間。 しかし、この立ち位置的に俺の味方。 化け物は猫の一声で大人しく立ち止まっている。 「いくらなんでも食べ過ぎだ。これ以上は是藍(シーラン)の小籠包が食べられなくなるぞ」 人間の会話でも聞けるような発言に拍子抜けしていく。 化け物は何だか少ししゅんとし始めた気がする。 「通してくれ、客人のお帰りだ」 化け物は素直に横に移動して道を空け、そのまま動かない。 「ついてきてくれ」と言い先を行く黒猫の後を追う。 あんな目に遭っておいてよく従ったと自分でも思う。 化け物が見えなくなり始めた頃、黒猫はまた話し出す。 「水晶は元は人間の好奇心に殺された植物でな、好奇心が旺盛な人間を見るとすぐああなるんだ」 話を聞きながら一連を思い出し、納得する。 「信じられないとは思うが、普段はただ子供らしく遊ぶだけなんだが……その…此処に居る学者先生が地雷でな」 それは何となく分かっていた。 だからこそ、知り合いの行動がよく分からない。 危険な場所だと分かっていた上で、常に命を狙われている上で、どうして逃げない。 どうして俺達を平気で呼び出した。 『調査途中』つまり俺達と協力して調査を進めたかったのか。 それとも、彼奴は 最初から 考え込んでいる内に、黒猫を見失ってしまっていた。 若者が一人……。 憶測でああ言って納得したのだから、恐らく仲間はとっくに喰われている。 水晶には後で栄養剤と美味い菓子でも与えてやらねばな…。 そんなことを考えている内に出口に辿り着いた。 「ほら、此処から元の街へ行けるぞ」 後ろを見ると誰も居ない。 「……あぁ、無事に出られると良いが…」
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