<5・えがく>

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『……初めてだったから。あんな風に、褒めてくれたのは』  すると縁は、どこか恥ずかしそうに俯いて告げたのである。 『指も、音も、キモチも。……僕は地味で、誰かの役に立てるような特技など何もなくて……作曲なんて根倉だとか、仕事にならないみたいなことしか言われてこなくて、親にも堂々とそんな趣味を続けてると言えなかったから。君が、認めてくれて。……僕のために怒ってくれたのが、嬉しかった』  彼が家で作曲が出来ないのは、ピアノがないのと近所迷惑になるからだとは聞いていた。パソコンでも今は作曲が出来るご時世だが、生の音を聞いて音楽を作りたいスタンスである彼にはどうしても合わないらしい。朝と夕方の音楽室だけが、彼が自分を存分に出せる数少ないスポットなのだ。  多くを語ることはしなかった縁だが、それを聞いて胸の奥がどうしてもぎゅっとしてしまったのは事実だった。あれだけ、音楽への“好き”が溢れている彼なのに。一生懸命その“好き”を突き詰めていきたいと考えているのに。そしてそのためだけに、一年生で、たった一人で音楽部を立ち上げて活動していたのに。何故、その想い一つ認めて貰うことができないだろう。  大人というものは、本当に勝手だ。  自分達が想い描いた“理想の青春”を、当然のように押し付けたがるのである。そのくせ矛盾ばかりだ。子供は外で遊べと言いながら、実際ボール遊びを禁止する公園ばかりになっていて、一部の住民の“安眠妨害だから”“気が散るから”という声ばかりを尊重する。遊ぶ場所もないのに外に行けといい、それができないから仕方なくゲームなどで友達と遊べばゲームの依存を防ぐためという名目で制限をかけようとしてくる始末。  部活動もそう。作曲部の、一体何がいけないのかわからない。一人で活動しているから?友人とのコミュニケーションが取れないから?スポーツではないから?メジャーでないから?――そんなもの、大人が適当に作り上げた勝手な理想でしかないではないか。 ――負けて欲しくないんだ、そんなものには。  自分に褒められたことが嬉しかった、なんて。それが初めてだったなんて。あまりにも悔しく切ないことだが――同じだけ、究児を奮い立たせてくれたのもまた事実なのである。  彼の期待に応えたい。だからまずは――理不尽と“戦う”彼を、描いてみたいのだ。  まだコンテストの締め切りには時間がある。自分の絵が、彼の音楽のイメージを作るきっかけとなってくれるかもしれない。
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