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彼は返事をしなかったが、その沈黙は肯定以外の何物でもなかった。究児はふつふつと怒りが湧き上がってくる。
何なんだそれ。どうしてそんな馬鹿げたことになったのか。確かに、朝のこの時間に一人のために音楽室の鍵を借りて、占拠させてもらうとうのはなかなか贅沢な話であるのかもしれない。夕方の方は究児も美術部があるのでいつも顔を出せないが、彼が部活動の限界時間ギリギリまで一人で音楽室にこもって曲作りに勤しんでいることは知っているつもりだ。
確かに、作曲というのはあまり理解される趣味ではないのかもしれない。正確には“趣味としては面白いけれど、それで評価されるのはひとにぎりなんだから”と思っている人間が多いと言うべきか。コンテストなんかに参加したところで、音楽の専門学校に通ったわけでもない子供が成果を残せるわけがない――なら、そんな無意味なことに自家を費やさせるのはどうなのか?なんて。そな意見がどこからから出たとでもいうのか。他の“普通”で“健全”な部活動に所属して頑張った方がいい、と。
真実はわからない。全て想像の産物だ。それでも。
「……冗談じゃねえよ」
自分でも、びっくりするほど低い声が出た。
「縁がどんだけ頑張って、一生懸命曲作りしてるかも知らないくせに!どうしてその、一生懸命になれる場所を……よくわからない理由で奪われないといけねーんだよ!」
大した音を出しているわけでもない。作曲で使っているキーボードの音量だって小さなものだ。それどめ近所迷惑だ、などと言われたという方向だったのか。あるいは“近所迷惑になるかもしれないから”という、あるかもしれないクレームに過剰対応したのか。真実はわからない、でも。
何故教育現場が、本気で何かを打ち込もうとしている子供の夢を理不尽に奪うのか。
それがまかり通って本当にいいのか。――いいわけが、ない。
「縁」
だから、その時。思いついたその言葉に、究児が放った一言に――深い理由など、なかった。
ただ感情のまま、自然と口が言うべき事を知っていた。きっとそれだけのことだったのだろう。
「戦おう」
「え?」
「そうだ、そういうクソな奴らと戦うんだ。コンテストで、いい成績出してやれ。そんで、お前を否定した奴らを見返してやるんだ!戦って、勝ってやれ!俺も出来ることはなんでもするし、応援する!」
上から、不条理で押しつぶして来ようというのなら。二人で一緒に、真正面からブチ破ってそこに大穴を開けてやればいい。
確信があった。縁なら出来る。この少年には誰にも負けない“音楽への愛”という才能があるのだ。それを、彼の夢を知ろうともしないどこぞの大人に壊させてなるものか。そんな勿体無いこと、自分が絶対させてなるものか。
「そうだ」
そして思いついた、名案は。
「その馬鹿な教師連中と!戦う“お前”を主人公にした物語にすりゃいいんだよ!コンテストで出すのにぴったりのテーマじゃねーか!」
「ええ!?」
縁の眼が、まんまるに見開かれる。その瞳の中には、にんまりと笑う究児の顔が大映しになっていた。
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