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「バレてるとは、思うんですけど。……俺、手を描きたいんです。一生懸命、やりたいことのために頑張ってるヤツの手を」
「まあ、そうだろうな」
百済のことを信頼していないわけじゃない。それでも、なんとなく――縁との時間は、彼と二人だけの秘密にしておきたい気持ちがあった。
なんとなく、他の誰かに分けてしまいたくないのである。この感情は、ただの友達に向けるにしては少々重すぎるものであるのかもしれないけれど。
「手か。……描きたいのは手だけか?人物や、他のモチーフを入れる予定は?」
「え」
百済にそう言われて、究児は詰まった。そういえば、漠然と“戦う縁の手を描きたい”とは思っていたけれど。手、以外の部分をどうするか?どんなポーズを作るかも全く考えていなかった自分に気付かされたのだ。
「真っ白な背景に、手だけ描くってのもアリと言えばアリだ。ただ、その手の“何”を伝えたいのか?メッセージ性まで込めたいなら、他にも何か描き足してみた方がいいかもしれないな。お前が伝えたいことがどんなに溢れていても、同じスペックを“読み取る側”まで持っているとは限らないわけだから」
自分のスケッチブックを取り出すと、百済はさらさらと鉛筆で絵を描き始めた。なんだろう、と思って究児も覗き込む。そして、改めて百済の凄さを認識させられた。
落書き程度の線とはいえ、それでも十分伝わる。
彼は同じポーズの二つの右手の絵を、あっさり描き上げてみせたのである。片方の手が鉛筆を握っているので、どちらも鉛筆で持った手の形だと気がついた。難しいポーズなのに、と感心せざるをえない。
「この二つ、同じポーズだけど。鉛筆を持たせるか持たせないかで、全然伝わる情報が変わるだろ?」
二つの絵を指差しながら告げる、百済。
「こういう工夫がいるってことだ。メインに描きたいものに、ほどほどのつけ足しをすることで大きく印象が変わる。伝わる情報が増える。ただし、描きすぎては駄目だ。小物がメインに勝つほど主張してしまったら本末転倒だからな。そう考えると、メインがブレないためには人間全体ではなく、手だけ描くのは効果的ではあるかもしれない」
「な、なるほど……考えてなかったです」
絵の世界も、なんと奥深いものであることか。素直に頷くと、な!と百済はにっこり笑って見せた。
「お前みたいなやる気のある部員がいてくれて本当に嬉しいぜ!なんなら、大体のラフスケッチが決まった時点でもっかい見てやるからさ。とりあえず描いてみろよ。お前が一生かけてでも探したかったものに、ようやく出会えたみたいだからさ」
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