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<6・えにし>
『戦おう』
迷うことなく、縁にそう言った究児の眼が澄み切っていた。
『そうだ、そういうクソな奴らと戦うんだ。コンテストで、いい成績出してやれ。そんで、お前を否定した奴らを見返してやるんだ!戦って、勝ってやれ!俺も出来ることはなんでもするし、応援する!』
あんな風に、誰かに応援してもらったことなどなかった。背中を支えてくれる人など、自分には一生現れないとばかりに思っていたのだ。
縁は音楽が好きで。大好きで。他に何も持ち合わせていない自分が、唯一己を表現できるものはそれだけで。
だから、孤独であろうと誰かに否定されようと、一人で音楽を地道に作り続けていくしかないと思ったのである。下手だとか、才能がないとか、正直そんなものは関係ないのだ。絵も描けない、小説にも出来ない縁が唯一自己表現できるものがそれなのだから。それを捨ててしまったら、自分はもう自分ではなくなってしまうのだから。
――嬉しかった。誰も、僕のことなんか見ていないとばかり思っていたから。
『そうだ』
――彼の気持ちに、応えたい。短くてもいい、コンテストの結果よりも何よりも……自分に胸を張れるような、最高の曲を作りたい。
『その馬鹿な教師連中と!戦う“お前”を主人公にした物語にすりゃいいんだよ!コンテストで出すのにぴったりのテーマじゃねーか!』
――でも……。
曲の主人公を、縁自身にする。そんなこと、考えたこともなかった。そして、彼の素晴らしいとも言えるアイデアを、現在に至るまで生かしきれていない己がいるのである。
何故なら根本的な問題として、縁は自分自身がけして好きではないのだ。
そんな己を、己の最高傑作の中心に据える。正直、想像もできることではなかった。夕方の音楽室で、一人キーボードの前に座って縁は考える。美術部は今日の活動はないはずだが、それでもまだ究児は来ていない。そういえば、成績が危なくて補修に引っかかっていると聞いたような気がする。あれだけ勇気があって、言いたいことがはっきり言えて、人のために本気で怒れる優しい少年にも弱点があるのだ。なんだかそれが、無性に親近感がわくというか、同じ人間だと知ってちょっとだけほっとしてしまう事実だった。
自分みたいな、“下手の横好き”でしかない人間とは違う。彼こそ、未来と才能に溢れた人間だと思っている。彼がここ最近ずっとスケッチしてくれていた絵を見てきたからわかるのだ。
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