<1・りそう>

1/4
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ

<1・りそう>

角倉(かどくら)って、いっつも人の手ばっかり描いてるよなあ。なんか拘りでもあんの?」  美術部で写真を見ながらスケッチの練習をしていたら、先輩からそう声をかけられた。この中学でも随一に寂れた部活(と言われるほど人数が少ない)の部長である、百済昇平(くだらしょうへい)である。  人数は五人と、部活動と呼べる最少人数。  しかし男子ながら絵が得意で、現在の部員で唯一受賞歴のある先輩でもある。受験生でありながら引退する気配もなく絵を描き続けているのは、学力トップという素晴らしい称号も兼ね備えているからだとかなんとか。  正直、羨ましい以外の何者でもない――特に自分、角倉究児(かどくらきゅうじ)にとっては。天は二物は与えないが、三物とか四物とかはぽいぽいするらしい。その才能と頭、美術初心者で成績低空飛行、運動オンチの自分にも是非分けてはくれないだろうか。 「拘りというか、人の手の造形が好きなんですよね」  究児は苦笑しつつ、バッグにこっそり入れてきた漫画を取り出した。  それは、数年前に大流行したフットボール漫画である。とにかく、部長の少年の手が綺麗に描かれていることに惹かれて全巻買ってしまった経緯がある。いや、話とか構成とか、そういうものも普通に面白かったのだが。これは買わねば、と思ったきっかけはそれだったのだ。  手が綺麗な人は、好きだ。男女問わず、どうしても魅了されてしまう。すっと通るような指先、整えられた爪、少しだけ硬い肌の触感。全てが芸術品と言わざるをえない。以前それを友人に語ったところドン引かれてしまった為、今はなるべく控えめにしか熱意を語らないように心がけてはいるけれども。 「このページの……ここ。こういう手が特に好きなんですよ。ほら、この漫画読んだことあるでしょ?昼顔部長の、このキーボード打つ手!スポーツマンとは思えぬほど細い指先、女性的でさえある!……俺もこういう手を描きたいなあ、って思うんですよね。イラストも描いたことないような、残念画力の俺ですけど」 「手フェチかお前。いや、わからないでもないけどさ。え、昼顔部長男じゃん。男でもいいの?」 「フェチなんてそんな野暮な言い方しないでください!芸術的な意味で好きなんですってば!だから性別とか年齢とかは関係ないんですー!」 「お、おう。ごめん」  あ、しまった。控えようと思った矢先に語ってしまった。一歩後ろに引いてしまった部長を見て究児は自己嫌悪に陥る。戸惑わせたかったわけではないというのに。  恋愛にさほど興味がない、というのもなくはないが。とにかく美しいもの、魅力的なものを前にして性別なんて壁を作るのは野暮なことでしかないと思うのである。手は特にそう。その人の普段からする行動、習慣、運動、健康、様々な要因がそのまま手には現れると言っても過言ではない。その人の手には、その人の人生がいっぱいいっぱいに詰まっているのだ。そう考えるだけでワクワクしてしまう、というのはそんなにおかしなことだろうか。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!