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どれだけ思っても何もできない。どうして自分が小説を書いたのかも思い出せない。だって一番大切な人が命の危機なのだ。
ぷしゅー、かー、ピッ、ぷしゅー、かー、ピッ、一くんは麻酔が効いて動かない。枕の上で右に傾いた顔、睫毛が綺麗な黒い横線になり、やや揺らぐ。
暖房の効きすぎで荒れた唇に、ハニーの香りのリップクリームを塗ってあげる。
キスをするときに、何も言わないけれど「ああ、この好きな香りのやつだ」という顔をするから。
彼の前に付き合った人は、そういう事を口に出す男だった。それが嫌だったという事は特にないのに、一と付き合うようになったら、ああ、こっちの方がすきなんだと知った。言葉より雄弁に目で伝えてくる、それを自慢に思っていない感じの男性。
目が細まるって、何ていいんだろう。それに無自覚で、惚れさせる為にやってる感のないのは、何ていいんだろう。
夕が小説を書いていると打ち明けたとき、本を読みながら、嬉しそうでも嫌そうでもなく落ち着いた声で「何でもいんじゃない、夕の好きな事すれば」と言った。
けいみょうさんはなんで小説を書いたのだろう、話したくても自分の体が動いているのかわからない。
けいみょうさんは多分関東の方ではないけれど、どこの訛りかわからなくて、訊いていいのかわからなかったから、そのままになっている。
夕からすれば、生まれて初めて会った、小説を書いている人であるし、たまたまタイミングを共に招かれた人でもある。
夕は、そういう人はもう他人ではないと知っている。
けいみょうさんと夕の作品は毛色がとても違うので、その辺りでもこの賞はかなり変わった選考基準を採用しているという証左になる。
二人がわかり合うことはないだろう。そしてそれは問題では全然ない。人と人なんてわかり合うものではないのだから。
一もいつもそう言う。
「俺達は、わかり合えないのに関わってるから凄いんだと思うんだよね」
わかり合えないのに気になり続けたり会いたいという事。
さっき、とても綺麗な横顔で、粉雪を見ていた。あんなにオーバーオールが似合うって、なんていいんだろう。
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