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 昼になっても、吐息も白む寒さが続いていた。この日、北町奉行所の見廻り同心である夜薙(やなぎ)雨源次(うげんじ)は非番で、神楽坂にある小堀道場に来ていた。多くの旗本屋敷や水戸藩の屋敷が近いこの道場の門下生は、やはりそういった、家柄の上等な者たちがほとんどである。  夜薙はここに、小堀道場の主、小堀勝五郎から頼まれて来ている。職務に支障のない頻度で道場を訪れ、門下生の相手をして欲しいと言われたのが、もう十年も前の話だ。  本来であれば、下級役人である夜薙など、足を踏み入れるだけでも白い目を向けられる場所である。それがなぜ、師範代のようなことまで任されるようになったのか。  腕。答えは、それだけである。  夜薙の剣術は元々、町方同心などの下級武士が通う、格の低い道場で磨かれた。というより、生来の天稟が芽を出した、といった方が正しいのかもしれない。とにかく、彼の腕前は凄まじく、二十歳になる頃には、彼の名前は江戸の名だたる道場にも知られるまでになっていた。
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