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 小堀道場も、その名前が届いた道場のうちの一つである。  そして。  夜薙が同心として働き始めてすぐ、前述の依頼があった。彼がまだ、二十三歳のときだ。  今、三十三歳になった夜薙は、中年らしい贅肉をところどころに蓄えながらも、俊敏な太刀さばきで門下生たちをいなし続けた。  一通りの稽古が終わると、夜薙は道場の庭に出て、真剣を振り始めた。これも、いつものことである。  両腕を袖から抜き、上半身を寒風に晒しながら、一刻ほど。夜薙はひたすら空気を斬り続ける。  鍛錬という目的はない。ただ、己の中に覚える飢えを満たすには、これしかないように思えるのだ。  稽古では、覇気のない門下生たちの竹刀を相手にするだけ。しかも、いわゆる上流階級の門下生がほとんどであるだけに、本気で打ち据えるわけにもいかない。  夜薙が本気を出せば、たとえ竹刀に防具越しという条件であっても、それなりの傷を負わせてしまうだろう。  足りない。竹刀から伝わる鈍い手応えも、防具越しに受ける温い痛みも、夜薙の神経には物足りない。  思い切り刀を抜きたい。戦場のような環境で、全身に殺気を浴びながら刀を振りたい。  とても果たせそうにない思いを斬るために、夜薙はこうしていつも、白刃で空を斬る。
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