〈第八章武士と愛と〉

1/1
前へ
/17ページ
次へ

〈第八章武士と愛と〉

雨の日に結ばれ男と女の一線を超えた二人 -合意の上とはいえ、鶴姫にとって、男を知ってしまった現実は、やはり心にも身体にも衝撃的だった- 湯殿で、身を流し清める鶴姫。。 自身の身体が今までと違うのを感じる。。 女になりゆくこの身体が。。とてつもなく恥ずかしくて。。 安成に愛される毎に、自分が武士でなくなってしまうような気がする。。 堪らなくて頭から湯を思いきりかぶった。 …このままでは。。少し距離をおかねば… 愛されて幸せな筈なのに、複雑な思いに苦しんでいた。 後日、鶴姫は庭で弓矢の稽古をしていた。 …調子が悪い。。 得意な筈が。。 こんなに外してばかり!! やはり、あの日から何をしても。。… 苛立っていた。 「姫様、いつからそんな構えになられたのですか」 背後から男の声がした。 振り向くと、安成だった。 「安成。。」 鶴姫は近づいてきた安成から、よそよそしく目線を外した。 「こう構えねば、なりませぬ」 安成は、鶴姫の背後から抱きしめるようにして、体制を立て直した。 -抱かれている余韻が甦る- 鶴姫の全身が、一気に熱くなった。。 「。。分かっておる」 鶴姫は顔を上げずに呟いた。 「。。姫様。今宵、私の傍にいてくれませぬか」 安成は、鶴姫の耳もとで誘いをかけた。 「いや。。今宵は。。」 鶴姫は、そっと身を引き離した。 「なりませぬか?」 「あぁ、すまない。。」 鶴姫は背を向けた。 「そなたにも色々ありましょう。。。」 「。。。」 「やはり、あんな事は。。私を嫌いになられましたか。。」 「いや‼安成の事は、愛してる‼」 「では、何故?」 鶴姫は毅然とした口調で告げる、 「安成。。私たちの仲は。。あぁなったが、所詮私は女子を捨てた武士なのじゃ。 三島を守る武士であることを、忘れてはならぬ。こんな私に相曽がつくなら他の姫君を選ばれるがよい。」 「三島を守る武士。。忘れてはおりませぬが。」 …鶴姫様、一体何をおっしゃっているのか… 「やはり。。私は。。裸になって。。 あんな事。。恥ずかしくて。。武士として駄目になってしまいそうなのじゃ。。おかしくなってしまいそうなのじゃ。。」 …他の姫君となんて、思ってもいないくせに…こんなに思いにかられてしまう自分が堪らなくて 鶴姫の頬に涙が一筋溢れ落ちた。。 …女子は、何と複雑な。。難しいものなんじゃな。。私は。。鶴姫様には変わらぬ真剣な思いなのに… 安成は、途方に暮れた。 「私も。。昨日、真之丞と手合わせをして初めて取られてしまいましたが。。」 「私たち。。距離を置かぬか?互いに駄目になってしまう」 「いえ、駄目になんてなりませぬ‼互いに初めての経験でしたから、暫くは、仕方ないのではありませぬか?自ら切り換えるしかないのです。」 「。。でも、そなたの傍にいたら。。またあんな事を。。やはり恥ずかしいのじゃ。 堪らないのじゃ。。」 「私は、男ですから、その気持ちはないとは偽れませぬ。ですが、そなたの傍に一緒におりたいのです‼」 「安成。。。」 安成は、何か閃いたように語り出した。 「では鶴姫様‼今宵は浜辺で色々話をしませぬか?そなたの了承を頂けるまで、あんな事は致しませぬ!」 「話を。。?」 「今宵、すこしですが、そなたを驚かせたいのです。」 「驚く何があるというのじゃ?」 「それは、今宵のお楽しみですよ!」 安成は、ニッコリ微笑んだ。 …私から。。初陣を誘い、合意の上で抱かれているのに。。私の態度は、多分安成を傷つけてしまっている。。でも今の私には。。… 日が暮れてから、二人は墜ち合った。 「今宵は、浜辺まで真っ暗ですから。。」 安成は、そっと手を繋いできた。 -手の平から伝わる安成の手の温もり。。 何とも言えぬ幸せなな気持ちが溢れ 胸が熱くなっていた- 浜辺が近づいてきたようだ。 「私が良しと言うまで、眼を閉じていてくれませぬか?」 安成は、言い出した。 「えっ?眼を?何故じゃ?」 「とにかく眼を閉じていて‼」 鶴姫は、言われるがまま眼を閉じて、手を引かれ歩き続けた。 浜辺に着き、砂浜に揃って腰を降ろした。 -ザザ。。。波音が。。 心地よい夜の海風が。。 二人を優しく包む- 「。。安成、まだか?」 「では、顔を上げて眼を開けてください‼」言われる通りに、眼を開けた。 -目の前には、落ちてきそうな満天の星空が広がっていた- 「な!!何と!!」 「今宵は、月がない分、最高の星空です。」 「綺麗じゃ。。見事じゃ。。」 -ずっとこの島にいながら この浜辺に来ていながら、初めて見る見事な星空に感激するばかりだった- 安成が、隣で語り出した。 「男は、女子の気持ちが分かってあげられぬ事があります。して女子も男の気持ちが分からぬのも同じです。誰しもが、互いにそれを乗り越えて、添い遂げていくのだと思います。」 「安成。。。」 「他の姫君となんて、ホンにもう言わないでください。私は哀しくてなりませぬ。 して、女子を捨てたとも、思ってはならぬ。そなたは 、立派な武士ではあるが、私の大事な女子なのです。」 「安成。。。」 「。。男女の営みの事は、気持ちが向いてくださるまで待ちます。もしや。。下手くそで不愉快な思いをさせてたなら、本当にすまぬ。そなたの嫌がる事などしたくありませぬから。」 …下手くそ? そんなの分からぬけど。。 何だか。。そんなに辛い思いを。。 合意の上で結ばれたのに。。我儘なのか?… 「安成。。ごめん。。」 鶴姫は安成の膝の上に顔を伏せた。 「謝らなくてよいのです。営みだけが、私たちの繋りではありませぬ。この星空をいつかそなたと見たいと思っていましたから。今宵、やっと叶い嬉しいのです。」 安成は鶴姫の頭を優しく撫でていた。 降り注ぐ星空を眺めながら、互いの子供の頃の話で盛り上がった。 実は安成は、幼少の頃は武士になんてなりたくなかったのを知った。以外だった。 ずっと一緒にいながら互いに、まだまだ知らないことが沢山あるのだなと思い知った。 浜辺で波音の子守唄を聴きながら 安成の胸に抱かれていた。。 「安成。。私の我儘で。。そなたを傷つけたな」 「私も、同じなのですよ。。すまなかった」 「いえ。。安成は。。」 「一緒にいれば、色々ありまする。 この先だって何が起こるか分かりませぬ。 それは、それで楽しいではありませぬか‼」 「安成。。。」 「姫様、私たちは、この無限大の空の下で出会って、こうして一緒におります。嬉しくて堪らないのです。」 「安成。。私だって。。。」 …そなたの傍にいられて嬉しくて堪らない… 鶴姫は、この果てしない満天の星空のような広い安成の心と愛情に胸が、いっぱいになっていた。 …私は。。そなたと一緒に生きたい。。 そなたの女として生きてゆきたい…
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加