〈第十章帰郷〉

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〈第十章帰郷〉

-菫色の夜明けが美しい凪の早朝 鶴姫と安成を乗せた舟は、 今治に向けて出航した- 鶴姫は薄く化粧を施し、よそ行きの綺麗な着物をまとい、やがて昇りきた朝日の光を浴びて、それは眩くより美しかった。 安成はその姿に茫然と見とれていた。 …女子というのは色々な表情があるのだな。。目の前の美しい姫君の表情。。 女武士としての勇ましい表情。。 して二人だけの時間に見せる。。 これは鶴姫様だからだろうか… 安成は考え込んでいた。 あまりにも安成が黙ったままだったので 鶴姫が、しびれを切らし問いかけた。 「安成?何だか今朝はずって黙っておられて、体調でも悪いのか?それとも別名に行くのが怖くなったか?」 「いえいえ、大丈夫ですよ。何でもありませぬ!心配かけてすまない」 「いんや、心配じゃ!安成は戦以外は滑るからな‼」鶴姫は悪戯っぽく笑った。 「でも最近の私は戦以外でも黒鷹になってましょう?」 「あぁ。そなたは立派な黒鷹じゃ‼たまに雀じゃけどな。」 「雀は、幼いころは不服でしたよ!」 「そなたは飽きないのじゃ!黒鷹らしい武将であるところ。普段の優しいところ。雀みたいに危なっかしいところ。全部惹かれているのじゃ‼」 安成は今、自分が鶴姫に対して考えていた事と似たような事をおっしゃっている。 返そうと思ったが言わずに、鶴姫の手をしっかりと握った。 順調な船旅を終え今治に上陸した二人は大勢から歓迎の出迎えを受けた。 三島をしっかり守った若い二人を拝む者もいた。 念願の父上安用と安房の墓前に手を合わせる事が出来た。 やっと二人でお参りに来れた事に涙した。 これから伴侶として一緒になり三島を守っていく事を熱く誓った。 二人は、その足で鶴姫の生家別名屋敷に向かった。 久しぶりの母娘の再会。 母上妙林は、我が娘が、こんなに美しく逞しく成長した姿に、眼を見張った。 感激のあまり涙を流しながら強く抱き合った。 「安成殿!そなたも幼いころ以来じゃな? 何と立派な武将、青年になられたこと‼」 母上妙林は目を細めた。 「三島城陣代越智安成にござりまする‼ 此度の突然の別名訪問、お許し賜り有り難き幸せにござります‼」 安成は威厳ある武将らしい挨拶をした。 母上妙林は、表情を変えて告げた。 「安舎から、話は伺っておる。そなた、私に何やら大事なお話があるとな。」 「はい。今宵、改めてお話させて頂きとうござります。」 ここに来て、やはり安成は緊張している様子だ。 「さ、さ!屋敷にお上りなさい。ゆるりと船旅の疲れを癒すがよい。」 「ありがとうござります‼」 二人は玄関を上がった。 「湯殿も用意させておる。二人で入るか?」 母上妙林は、突然、二人をからかった。 二人の顔が真っ赤になった。 「母上‼何をおっしゃいますか?」 鶴姫は困惑した。 しかし安成は 「二人で入ったら湯が溢れてしまいまするっ‼」笑顔で、カラッと滑ってしまった。 …あぁ。。安成ぃ、やはり滑った。。… 鶴姫は、愕然とした。 滑りを受けた母上妙林は、 「安成殿‼嫁入り前の我が娘の前で何を申すか‼」 わざとギロリと睨み、返した。 「いえ。。あの。。その。。やはり湯は溢れまする‼」安成は、ドキマギしている。 母上妙林は …これが、安成殿の滑りか!… と、必死に笑いをこらえた。 その晩は、ご馳走が用意され和やかな宴となった。 鶴姫が幼い頃からの好物、自家製別名豆腐が出されたが、今宵、彼女は何故か受けつけられなかった。 母上妙林は、女の勘で…もしや…と思ったが、口にはしなかった。。 宴の後、安成は母上妙林に、正式に鶴姫との結婚の意を告げた。 母上妙林は 「そなたのような立派な男子とこの娘に良きご縁があり嬉しゅうてな!鶴が武士になると告げたあの日から、こんな日は来るまいと思っておったのじゃ。」 「母上。。心配ばかりかけて。。ごめんなさい。。」鶴姫は、涙に暮れた。 「して今宵、お前たちに差し上げたいものがあるのじゃ‼」 待女に箱を持って来させ蓋を開けた。 箱の中には、青と赤の御守2体が収められていた。 「これは、勝利の御守じゃ‼青は安成殿、 赤は鶴に持って欲しい。」 母上妙林は、それぞれに手渡した。 「ありがとうござります‼」 「まぁ!愛らしい鈴が」 鶴姫が手にした赤い御守には鈴がついていた。 「この鈴はな。お前たちに例え何があっても鈴の音を頼りに二人の心は寄り合い、ひとつであれと願いを込めてな。」 「母上っ‼」 「母上様っ‼痛み入ります。」 「次にお前たちが別名に来る日には祝言を挙げられるよう整えておこう。鶴の白無垢を作らせておく!」 二人は感謝の気持ち一杯に深々と母上妙林に頭を下げた。 「二人力を合わせて三島を守りながら仲良く生きて行くのだぞ‼」 「しかと賜りました‼」 -私たちは生涯の伴侶になるのだ- 翌朝、朝げの中、母上妙林が また二人をからかってきた。 「お前たち二人の子、早く見たいものだな!最早、出来ていたりしてな?」 「母上っ‼まさか、そんなこと‼」 鶴姫は、異常に恥ずかしがった。 そして …私たち、二人の子。。。… 安成と眼を見開いて見つめ合った。 「はい、出来っ!!!いっ!!!!」 鶴姫は安成が滑る瞬間を察知して背後で尻をつねり阻止出来た。 …もうっ‼何を言おうとしたのじゃ?全くアブナイ、アブナイ… 鶴姫は吹き出しを堪えていた。 -別名屋敷を後にする二人- 母上妙林は祈るような気持ちで二人の姿が見えなくなるまで見送っていた。 めでたいはずが、母上妙林の内心は何故か暗い予感がしてならなかった。。 -三島に戻る二人の航海も穏やか- 安成が口を開いた。 「姫様、私たちの子、どんな子が生まれましょうね?」 「。。。想像つかぬな?」 「そなたと、私の子ですから、女子でも男子でも、互いの良い面を受け継いだ子がきっと生まれましょうぞ!楽しみです‼」 「まぁ。。。な‼」 鶴姫は照れくさがった。 「子が、私たちの元に来る頃には戦のない平和な瀬戸内であって欲しいですが」 「そうだな。。そうなるよう互いに力を合わせてやっていこうぞ‼」 「いざ‼」 二人は自信ありげな表情で見つめ合った。 暫くして安成は、少し照れくさそうに 「姫様、ひとつ了承頂きたい事があるのです。」と言い出した。 「何じゃ?顔まで赤らめて」 「今から、そなたをこうお呼びしたいのですが。。」 「私を?何と?」 「鶴。。。」 「何だか、くすぐったいな!今まで家の者からしか、呼ばれたことなかったからな」 「私たちは、夫婦、家族になるのですから。。よろしいですよね?」 鶴姫は、幸せ溢れる満面の笑みを見せた。 「照れくさいな。。。」と呟き 自然と安成の胸に、よりかかった。 安成は鶴姫の肩を抱いた。 「鶴。。」 「ん?」 照れくさそうに、安成を見つめた。 「鶴。。。」 「何じゃ?。。」 「呼んでみました‼」 安成は、愉快そうに笑っている。 「もうっ‼何なのじゃ‼」 鶴姫は笑いながらも、ふくれっ面を見せて そっぽを向いた。 再び、安成が耳もとで囁いてきた。 「鶴。。今宵、私の傍にいてくださりますか。。」 鶴姫は、恥ずかしそうに頷いた。 安成の腕は、鶴姫を強く抱きしめた
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