〈第十三章別れの戦〉

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〈第十三章別れの戦〉

…鶴。。。すまない そなたとの約束を破ります。 最初で最後の、あってはならない裏切りです。 それは、決して許されるものではない。。 そなたを酷く傷つけ、この上ない哀しい思いをさせる。。。 承知している。 私は死んでも、そなたを裏切った罪のすべてを背負ってゆく。。 私は、生まれ育った三島を、愛しいそなたを何があっても守りたいのです。 それが、三島城陣代越智安成の最後の役目なのです。 約束通り、祝言を挙げ そなたの美しい白無垢姿を見たかった。。 やがて私たちに、子たちが出来て瀬戸内のこの海で伸びやかに育ててみたかった。。 そなたと私は、どんな親になったであろうか。。 やがて年老いた私たちは、三島を守れてよかったと語らい。。 それは、すべて叶わぬ夢で終わるのですね。。 鶴。。そなたに幼い頃に出会い、供に過ごし やがてそなたを愛して。。そなたに愛されて。。私は、幸せであった。 鶴。。私は、どうなろうとも そなたを愛する思いは変わらぬ… 連日、海上では三島水軍と大内軍の激しい戦いが繰り返されていた。 安成は、あらゆる秘術 戦法を駆使して自軍を出陣、応戦させるが尽く全滅させられる。。 村上や来島の水軍も力は貸してくれるものの戦隻 兵数の限界が見えてきてしまう。 陣代として安成は、窮地に立たされた。 -安成はついに悲壮な覚悟を決めた- 自ら率いる先陣は 決死船 で出陣 鶴姫を総大将に仕立て 最後の戦 で出陣させる後陣 を構成した。 決死船とは。。第二次世界大戦時、日本軍が全国から青年少年を徴集し、特攻機に乗せ南の海へ、アメリカ軍へ突撃させた特攻隊と同様、 早船に爆薬を大量に積載して敵船に突っ込ませるという生きては帰れない捨身の最後の戦法。。 安成は、自軍の武将武士を集めて緊急軍議を開いた。 「我ら先陣は、皆、決死船で出陣致す‼最早異議を受ける余裕などない‼」 武将武士たちは、どよめいた。 絶句する者もいた。 「己は、7人目の子が生まれたばかりじゃ‼まだまともに子の顔も見ておらぬのに‼」 「父上、母上に最後の顔合わせも出来ぬというのか?」一同混乱に陥っていた。 「私も出陣致す。」 安成は静かな口調で告げた。 「えっ?陣代殿が!?」 「陣代殿‼ほどなく鶴姫様と祝言を挙げられるのではありませぬか!正気で申されまするか?」 「陣代殿が率先されずとも、よろしいかと」 「最早、時間はない‼至急、浜で準備致せっ‼」 安成は、強い口調で命じた。 -安成の眼は黒鷹の如く鋭く光り、ただただ遠くを見つめていた- 安成決死船出陣は、後陣の総大将に仕立てられた鶴姫にも、すぐに知らされた。 …安成?一体何を言いだしたのだ? 何故そなたが。。絶対にならぬ‼… いても立ってもいられなくなった。 やがて出陣の為に、ふたつの陣が三島の浜で合流した。 安成は、既に三島の浜で決死船準備の指揮をとっていた。 小船に大量の爆薬が積載されてゆく。 鶴姫は即座に安成の姿を見つけて、ただならぬ形相で駆け寄って行った。 安成も鶴姫に気がついたが、暗い表情のまま背を向けて気がつかない振りをした。 …無理だが。。出来る事なら会わずに出陣したかった。。互いに顔を見たら余計に辛いのに… 「安成っ‼安成っ‼」 さすがに声を掛けられれば応じるしかない。 「おぉ‼鶴っ‼」 いつもの優しい笑顔を作り振り向いた。 有り得ない。。顔が引きつっている。。 「鶴姫様!そなたは後陣の総大将じゃ。 頼みまするぞ!」 安成は、無理に明るく振るまい鶴姫の肩をポンと叩いた。 しかし鶴姫は、違っていた。 「安成っ‼そなたが先陣決死船で出陣なさるとは、誠なのか?」 …やはり、そう来たな… 構えていた安成は、最初は冷静だった。 「はい。鶴姫様もご承知であろうが、我らの軍は戦隻も兵も限界なのです。」 「ならぬ‼そなたは出陣してはならぬ‼」 「すまない。。もう決めたのです。皆にも告げた。今更、後には引けぬ。」 「いや!安成は出陣してはならぬ‼私は絶対に認めぬ‼」 「お分かりください!最早我らは、このように戦うしかないのです‼」 「いいえ、他にも対策は、まだある筈じゃ‼」 安成は途端に厳しい武将の表情になった。 「鶴姫様。そなたは軍将、後陣の総大将じゃ。では何か対策があるのなら、これを超える戦法があるならば、申せばよい。」 鶴姫は言葉を詰まらせた。 「時間はないのだ‼申せ‼」 安成は、鶴姫に対して、初めて大声で、きつく当たってしまう。 今までにはない窮極の攻めに、鶴姫はようやっと 「安。。いや、陣代殿。。」 呟いた。 …分かっている。。これ以上の戦法などないことくらい… 「今は。。。耐え忍び、夜襲を。。」 苦悶しながら返答する。 「そなたには、あの大戦艦が見えぬのか‼ 夜まで待てぬ‼」 「そなたは行ってはならぬ‼他の兵を出せばいいでないかっ‼」 「私は陣代じゃ。此度の戦の全責任は、私にあるのじゃ‼そなたに指示される必要などない‼」 「安成っ‼落ち着くのじゃ‼」 「私は充分落ち着いておる‼」 初めて互いに喰いかかってしまった。。 …愛しい鶴との最後が、これではならぬぞ。。何をしているのだ… …安成、そなたがいなくなったら私は一体。。?… 安成は、気持ちを落ち着けながら諭してきた。 「鶴姫様。私たちは三島を守る武士なのです。私たちが三島を守らず誰が守るのですか?こうすることが、陣代の私の最後の役目なのです。そなたなら、怯まず出陣せよと認めてくださる筈です。」 …それは違う!そなたは私の。。… ここは、戦場。それは口に出せない。。 「私たちは、三島を守る為に、ここにいるのです。一緒の宿命なのです。してそなたは後陣として最後の戦いをするのです‼任せましたぞ‼」 陣代としての最後の命令を下した。 …あぁ。。私たちは武士なのだ。。 最早、この人を引き止める事は出来ぬ。。 やはり私たちは男と女になってはならぬのだった… 鶴姫は、口唇を噛みしめた。 足から震えが来て、やっと立っていた。 ふと鶴姫が、安成の甲冑の胸元を見ると 母上から賜り、一緒に着けた筈の青い御守がなかった。 「安成?母上から賜った御守が?」 安成は、咄嗟に自身の胸元を見た。 「あ。。いつ落ちたのか。。」 -暗い予感は、最早拭えない- 鶴姫は、自身の甲冑に着けていた赤い御守を咄嗟に外し、安成の甲冑の胸元に着けようとした。 「これは、鶴の大事な」 「安成が、無事に戻るしか望んでおらぬ‼」 「鶴が、傍におられるの同然であるな‼何とも心強い‼」 安成は士気を高めた。 赤い御守に、くくられている鈴が、チリリと鳴り響いた。 …この鈴は、私たち二人の心… 「二人の心の鈴は、鶴に託す。。」 安成は、鈴を手に取り、鶴姫の甲冑の胸元にくくり着けた。 安成は厳しい武将の表情から、いつもの優しい表情に戻っていた。 「鶴。私は、どうなろうとも、この鈴の音を頼りに、そなたの傍に戻りまする。」 鶴姫は、必死に涙を堪えていた。 「この鈴は、私たち二人の心。姿は見えずとも、私はずっと鶴の傍におりまする。」 安成は、力の限り折れるほど、強く強く鶴姫を抱きしめた。 「鶴。。私たちはこの海で、決して離れぬ。。。離れぬから。。」 呟いて、最後の口づけをした。 「。。安成。。行ってはならぬ。。 ならぬよ。。」 呟く鶴姫の頬に、涙が止めどなく溢れる。 「鶴。。愛してる」 安成は囁いて、指先で溢れる涙を拭い 優しく頭を撫でて 「鶴。。もう泣いてはなりませぬ。 後陣頼みまするぞ‼」 安成は涙を堪えながら微笑んで 鶴姫から身を引き離した。 「三島城陣代越智安成。出陣致す‼」 勇ましく告げて 決死船に飛び乗った。 -安成の最後の後ろ姿に、時が止まるのを見た- 「嫌じゃ--っ‼安成‼行ってはならぬ--っ‼」 鶴姫の叫び声が、安成の胸に突き刺さる。 二人の心は、悲しくて悔しくて、張り裂けていた。。 鶴姫の引き止める叫び声も、やがて安成の耳から遠ざかっていった。。 …私はお終まいなのだな… 安成は無力感に陥るが、三島と鶴姫を守れるのは自身だけなのだと奮い立たせた。 二度と戻ることのない安成を乗せた先陣の戦隻群が、三島の浜を次々と離れてゆく。 後を追うように、鶴姫を乗せた後陣の戦隻群が距離を置いて続いた。 大内軍の大戦艦は既に御手洗沖から三島に向けて攻め入って来ていた。 怒濤のような敵船からの猛撃を交わしながら安成率いる先陣の決死船は突進していく。 「周防大内‼我ら三島水軍の底力を思い知れ‼三島は絶対に譲らぬ‼」 安成は雄叫びを挙げる。 「怯むな‼我れ命をかけ加速致せっ‼」 安成は、漕ぎ手に叫び大戦艦に更に接近。 目の前で、次々に先陣の戦隻が、大戦艦に体当たりし、炎を上げて大破してゆく。 安成は、自身の船も、爆薬に点火するよう合図を送った。 途端に安成の背が熱くなる! アッという間に大戦艦の船体が迫り 「周防大内‼覚悟---------っ‼」 安成は雄叫びを挙げ、眼を閉じた。 鶴姫に、着けて貰った赤い御守を咄嗟に強く握りしめた。 脳裏に、鶴姫の姿が過った。 「鶴--------------っ‼」 -安成の乗っている戦隻が、大戦艦に激突した- 一番大きな炎を上げ、一瞬にして跡形もなくなった。 鶴姫には、自分の名を呼ぶ安成の最後の叫び声が確かに聴こえた。 -鶴姫は安成の死を直感した- 「。。安成。。。安成?。。」 大戦艦は安成の決死船の激突が凄まじく大打撃を受けたようだ。 攻撃の手が緩み、恐ろしいほど海上が静かになった。 -今、愛する人が目の前で無惨に消えた- 目の前で燃え盛る戦場の海 地獄絵図が、涙で蜃気楼のように揺らめいている。。 鶴姫は、茫然と立ちすくんでいた。。 -安成率いる先陣決死船、勇猛に全滅 安成二十一歳。。瀬戸内の海に散る- 鶴姫率いる後陣は、最後の戦いに備え三島に引き揚げた。 鶴姫は、安成の部屋にいた。 …安成。。そなたの部屋じゃ。 何故、この部屋にいないのじゃ? この島。。この海。。 この浜辺。。我らの城。。 そなたと愛し合ったこの部屋。。 何ひとつ変わらずここにあるのに 安成。。そなただけが消えた。。? 夢だ。。これは悪い夢だ‼ 夢なら覚めて‼… -鶴姫は、一晩中大声を挙げて泣き続けていた-
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