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〈第十四章最後の戦〉
…安成。。そなたは何処にいるのじゃ?
私を残して何処に行ってしまったのじゃ?
今しがた、そなたは私の傍にいたのに。。
人はこんなに、あっけなく消えるのか。。
いいえ、そなたは、きっと戻って来る。
酷い矢傷を負いながらも、戻ってきたではなたか。。
安成。。。
そなたが私をここまで。。女武士に導いてくれた。。
こんな我儘な私を愛してくれた。。
こんな私を嫁に貰ってくださると約束してくれた。。。
そなたの勇猛な武将の姿。。。
そなたの優しい表情。。。
そなたが語りかける声。。。
そなたの温もり。。。
そなたの香り。。。
私に触れた。。そなたの指先は。。
口唇は。。。
愛し合った時間は。。
もう幻なのか。。。…
泣き疲れた鶴姫は、一瞬の眠りについた。
夢を見た。
-安成と抱き合ったまま、海の底へ深く深く沈んでゆく。。
…安成、いるではないか‼…
…鶴。。そなたが。。最後の。。最後の。。戦…
…安成!何処にも行ってはならぬ‼…
二人の身体は引き離なされ鶴姫は水面に物凄い力で戻されてゆく。
水底に沈んでいく安成の姿。。
…安成‼遠くに行ってはならぬ‼…
…鶴。。遠く離れても。。そなたを、ずっと。。鶴。。。…
安成の姿が、夢の中ですら、遠ざかる。
…安成、安成----------っ‼
鶴姫は、自身の叫び声で、目覚めた。
眠りながらも、泣いていた。。-
本丸の中で、武士たちの会話が聴こえてきた。
「我々は、惨敗じゃな。最早、和睦をするんじゃろうな。」
「陣代殿は勇猛に責任をお取りになられたが無駄死にじゃな。。気の毒に」
…無駄死…
「決死船は皆、大破して海に沈んだそうな。陣代殿の亡き骸を敵陣に捕らわれなかっただけでも救いじゃよ。」
…安成の亡き骸…
「別名では、二人の祝言の用意がなされてるそうな。残された鶴姫様が痛たまれないのう。。」
…私たちの祝言…
目の前で、愛する安成を失った鶴姫を
更に叩きのめした。。
鶴姫は、昼夜、三島宮に籠り戦勝祈願に明け暮れている大祝安舎の元に出向き、此度の戦、安成の討死を報告した。
安舎は、妹の婚約者の悲報に絶句し
たやすく掛ける言葉など見つからなかった。
暫く沈黙の後
「鶴。三島水軍は、この上ない力を発揮してくれた。感謝申す。しかし我らの負けじゃ。大内とは和睦するように働く。」
安舎は、静かに語った。
…今更、和睦とは…
「鶴。お前は別名に帰るのじゃ。
母上の元、静養せねばならぬ。」
兄としての精一杯の思いやりの言葉はこれしか浮かばなかった。
夕べ、一瞬、見た。。二人が海に沈みゆく夢を思い出した。
…そなたが、最後の戦をするのです。…
別れの戦の時の。。
夢の中での安成の声。。
私は後陣の総大将ではないか‼
-鶴姫の決意は決まった-
「今宵、最後の戦を、安成の弔い合戦を致しまする‼」
鶴姫は、鋭い目線で安舎を見つめて告げた。
「何だと?」
「最後の戦いをせよ。陣代安成の遺言なのです‼」
「鶴!もう戦をしてはならぬ‼」
鶴姫は出ていこうと立ち上がり背を向けた。
安舎は咄嗟に鶴姫を引き止めようと肩を掴んだ。
「鶴‼ならぬ‼安成を追ってはならぬ‼」
「大祝様、お許しください‼」
鶴姫は、肩を掴んだ安舎の手を、そっと振り払った。
「大兄上。私を武士の道へ導いてくださり、ありがとうございました。だから安成と出会えたのです。女子として、とても幸せでした。」
鶴姫は、微笑んでいた。
そして初めて安舎を、大兄上と呼んだ。
-此度の戦は、最初から勝目がないと見えていたのに。。何故、阻止せんかった!
未来と希望ある二人を、残酷に引き裂いてしまった。。
我が妹が、不憫でならぬ…
安舎は、目頭を押えながら
その場に、泣き崩れた-
三島の浜では、最後の戦、夜襲の準備が
鶴姫の指揮により進められていた。
「今宵、最後の戦じゃ‼夜襲にて陣代安成の弔い合戦を執行する‼」
集められた残りの武将武士たちは、無言で従い準備を進める。
「我らの三島を、最後まで守りたいと思う者だけで出陣じゃ‼」
兵たちの士気が挙がる。
「恐れながら、鶴姫様。。今宵は、天候が急変し、嵐になると思われまするが。。」
一人の武将が、鶴姫に申し出た。
「ならば、絶好の機会ではないか?
敵も、嵐の夜に襲われるとは思わぬだろう‼」
…流石‼鶴姫様じゃ‼…
…亡き陣代殿、そのまま受け継いでいらっしゃるぞ‼…
夜が更けて、準備を整えた鶴姫率いる後陣は、
三島の浜を出航し
暗い海を、静かに影武者のように進み
大内の大戦艦に近づいてゆく。
やがて雨が、激しく打ちつけてきた。
鶴姫は、安成に着けてもらった鈴を握りしめ
…安成。最後の戦が始まるぞ。そなたは傍にいてくれるな?導いてくれるな?…
呟いて念じた。
手の平から離すと、返事をするかのように鈴は、チリリ…と鳴り続けていた。
鶴姫は、頃合を見て攻撃開始の合図を
全戦隻に送った。
一斉に、火矢が大内の大戦艦に撃ち込まれた。
修理に追われていた大戦艦の船内は
不意打ちを撃たれ、大混乱とかした。
鶴姫は、ついに大戦艦に乗り込んだ。
-まるで安成が、導いてくれている-
鶴姫に、安成が乗り移った同然の力が備わり
激しい黒鷹と、美しい鶴が、交互に乱舞するかの如く
鶴姫は、敵兵を斬り倒してゆく。
敵陣には勿論、味方にすら、その姿は鬼神のようにも見え、皆が震え上がった。
大戦艦を壊滅までは及ばずとも
鶴姫率いる三島水軍の凄まじい攻撃に
大内軍は、完全に反撃する勢力を失い
大きな船体を、左右に揺らしながら沖合いへと去って行った。
三島水軍も、最早追い討ちをかける余力は残されていなかった。。
…安成。。最後の戦が。。終わった。。
後陣。。果たせたぞ…
鶴姫は、生き残りの兵たちと、三島へ引き揚げた。
-三島城では、勝利の宴が始まった。
その宴席の中に、鶴姫の姿はなかった-
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