〈第五章兄上討死〉

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〈第五章兄上討死〉

-ついに戦が始まる- ついに周防大内軍が三島水軍の倍の戦隻と兵を揃え戦隊を組み大三島に向かい瀬戸内海を航行して来ているとの知らせが警護台から入ってきた。 陣代安房は武者震いをした。 優しい顔立ちの安房が一転、険しい表情となった。 「戦じゃ---!戦じゃー---!!」 三島城は久しぶりに物々しい雰囲気に包まれる。 安房が武装の準備をしていると、既に武装した安成が現れた。 「安成、その姿は。。。」 鶴姫は安成の傍に近寄った。 「陣代殿‼大崎島まで敵船が迫っております!一刻の猶予もありませぬ! 出陣でござります‼」安成は叫んだ。 「兄上!私も只に支度し供に出陣致しまする‼」鶴姫も叫んだ。 安房は 「ここは我々で出陣致す。鶴には城で待機を命ず‼」鶴姫に命じた。 「何故?私を出陣させぬ!?」 鶴姫は安房に詰め寄った。 安房は優しい表情で、宥めるように鶴姫の両頬にそっと手を当て 「鶴。この城を守るものがいなくてどうする?此度そなたは、この城を守るのだ。 よいな?任せたぞ?」鶴姫を諭した。 「。。分かった。私はしかと、この城を守る‼だから兄上!安成!供に無事に 戻ると誓ってくれるな?」 「御意‼」 二人は声を揃え力強く返事を返した。 「鶴!私はこの城の陣代じゃ‼そなたの兄じゃ‼簡単には殺られぬぞ‼」 安房は胸を張って士気を高めた。 「鶴姫様、心配なさらないでください!敵を倒し陣代殿と供に戻ってまいりまする‼私は三島城で一番の武士、黒鷹ですから大丈夫ですよ‼」 安成はそう言い、にっこりと微笑んだ。 …兄上。。。安成。。。… 引き止める術はない。これが戦なのだ。 鶴姫は二人の出陣の背を見送った。 彼ら、三島水軍連体が三島の浜に出くわすと既に大内の大群、戦隻が目視出来た。 三島水軍の勢力は、大内軍に満たないのは朗か。。。 しかし後には引けない! この三島を我々で守らねば‼ 初陣の安成の目線が鋭く光る‼ 「いざ、出陣じゃ-------っ‼」 安房の雄叫びが上がると三島水軍の戦隊が敵船に向かい進撃して行った。 安房、安成、武士、足軽たちは次々と敵船に襲いかかり薙ぎ倒して行く。 ついに将船に辿り着き飛び乗る。 華麗なる黒鷹の舞の如く 安成は、無心で敵陣の兵を斬り倒してゆく。 しかし敵兵の多さ、放たれる矢の多さに力の限界、危機感を感じた。 …今、陣代殿を逃さなければ‼… 傍にいた安房の背に向かい 「陣代殿‼お引きください‼」 叫んだが、反応がない。 「陣代殿っ??」 安成の目の前で、安房がバタリと倒れた。 安房は。。。 口から血を流し、甲冑をまとった胴体には無数の矢が突き刺さっていた。。 「陣代殿-----------っ‼」 安成は、叫んで安房の身体を抱き起こすが、同時に安成の右太股に一本の矢がグサリと突き刺さった‼ 「あぁっ‼あぁぁ。。。」 安成は、失点罵倒し意識が朦朧となる。 どう逃れたのか、何をどうしたのか。。 安成は激痛で朦朧になった状態で 冷や汗を流しながら見つけた小舟に乗り 必死に漕いで浜辺に向かっていた。 …右脚が動かぬ。。漕ぐ力が足りぬ。。 しかし、矢を抜いたなら死ぬだろう。。 船底は流れた血で赤く染まっている。 …潮の流れは?。。最早分からぬな。。 鶴姫様、私も。。戻れぬかも知れぬ… 安成は呟き意識を失った。 城で待機している鶴姫に知らせが入った。 「我が三島水軍は。。全滅かも知れませぬ」 …兄上?安成?… 鶴姫の足に震えが来た。。 …いや‼全滅なわけはない‼二人は大丈夫だ‼きっと戻ってくる‼… 鶴姫は、城を飛び出し三島の浜へ向かって馬を走らせた。 浜辺は、見たことのない地獄絵図だった。 まだ残り火がついている戦隻の残骸、 無数の兵の死体が海に漂い浜辺にも打ち上がっていた。。 鶴姫は二人を探す為、無惨な死体も嗚咽を挙げながら、くまなく確認して歩いた。 ふと浜辺に打ち上がっている小舟を見つけた。 舟の中を覗くと、一人の男が倒れていた。 それは。。見覚えある姿 …え?安成か?… 太股には、一本の矢が痛々しく、しっかり突き刺さっていた。 そっと上半身を、こちらに向けて抱き起こしてみると やはり安成だった!! 身体の温かみはある!! 息もある!! 「安成っ!安成っ!死んではならぬっ‼ 眼を開けろっ‼」 鶴姫は大声を掛けながら、安成の頬を軽く 何度も叩いた。 暫くすると、安成の眼が開いてきた。 意識が戻り、痛みに顔を歪めた。 苦しそうに、刺さった矢に手を掛けた。 「安成っ!辛いが抜いてはならぬっ‼」 「つ。。鶴。。姫。。様?。。 わ、私は。。」苦しそうに呟いた。 「安成!大丈夫だ‼そなたは生きているぞ‼早よ、手当てをせねば‼」 鶴姫の顔を見て安成は安堵の表情になっていった。 鶴姫は髪を結っていた結紐を解き 安成の足の動脈部分を固く縛り止血を施した。 安成は一筋の涙を流した。 「。。姫様。。申し訳ありませぬ。。」 「何が申し訳ないのじゃ?こんなに酷い傷を負っているのに」 「。。陣代殿が。。私の目の前で。。 討死なされました。。」 安成は、崩れて号泣した。 …兄上------------っ… 鶴姫の息が思わず止まった。。 「申し訳ありませぬ。。私は。。 陣代殿を。。お守り出来ませんでした。。 何処が黒鷹という。。 最早、姫様に合わせる顔もござりませぬ。。」 「安成。。謝らんでいい。。謝らんでくれ。。そなたは立派な黒鷹じゃ‼」 鶴姫は、安成をただただ強く抱きしめた。。 翌日、鶴姫は三島宮で昼夜、戦勝祈祷に明け暮れている長兄安舎の元に出向いた。 安舎は、父上亡き後、大祝職を継いだ。 第一次大三島合戦で陣代として活躍して 女子である鶴姫を武士の道へ引き込んだ大兄上。 冷静沈着な男で、ましてや親子程の歳の差もあり、兄妹ながら馴染むことは一度もなかった。 「鶴‼我々は此度の戦には必ず勝つ‼ 今度は、お前が出陣するのだ‼」 「大祝様。。安房が討死なさりましたが。。」 「聴いておる‼だからこそ安房の弔い合戦をするのじゃ‼」 「我らの兄弟が討死なされたのです!!」 「残念だが、仕方ない。。安房の宿命じゃ。」 安舎は、冷静沈着のままだった。 「血の繋がる兄弟が亡くなったというのに。。そなたは涙のひとつも流れないのかっ?そんなに戦をさせたいのかっ?」 鶴姫は今までの貯まっていた何かが全てが切れてしまった。 「鶴。犠牲が出る度いちいち泣いておっては戦など出来ぬ‼瀬戸内を守れぬぞ‼」 初めて見せた、厳しい武将の表情だった。 鶴姫は、その表情に圧倒され固まった。 …戦は。。家族も何もないというのか。。 いや‼間違っている‼… 「私は‼やはり大祝様が大嫌いじゃ‼」 鶴姫は、啖呵を切り三島宮を後にした。 安舎だって勿論平気なわけはない。 大事な弟を失い、心は泣き叫んでいた。 肩を震わせながら、泣いていた。。 鶴姫は三島の浜辺に戻った。 涙が枯れるまで泣いてやろうと思った。 暫くすると背後に人の気配がした。 振り向くと、痛々しく足を引きづりながら現れた安成だった。 「安成。。何故、ここに?。。」 「そなたに会いたくて。。」 「手当を終えたばかりじゃろ? 安静にしてねばならぬのに。。 そんな無理をして。。」 安成は痛みによろけて倒れそうになった。 鶴姫が咄嗟に支えた。 「私の傷なんて。。そなたの辛さに比べたら何でもありませぬ」 安成は静かに微笑んだ。 「。。安成、そなたは兄上の最後を見届けてくださった。感謝申すぞ。兄上の活躍は見事であったろうな?」 「はい、陣代殿の活躍は勇猛、素晴らしいものでありました。」 「であろう?これは安房の宿命じゃ‼」 大祝安舎の言葉を真似て強がった。 安成には最早、お見通しだった。 「。。鶴姫様、強がるのは辞めましょうぞ。いくらでも泣いてください。 そなたは私と二人の時は武士でなくてよいのです。」 安成は、優しく鶴姫の頭を撫でてきた。 …そんな。。優しい事を言われたら。。 私は。。… 「昨日、そなたは、こんな情けない黒鷹を、しかと抱きしめてくださいました。。 これから先は、私がずっと、そなたの傍におります。」 「安成-----っ」 鶴姫は、安成の胸の中に飛び込んだ。 安成は一緒に泣きながら、泣きじゃくる鶴姫を、ずっとずっと抱きしめていてくれた。 -もうこれ以上、大事なものを。。 大事な人を失ってはなるものか-
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