〈第六章鶴姫初陣〉

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〈第六章鶴姫初陣〉

次兄安房の討死により、新たな三島城陣代には安成が就任することになった。 鶴姫は、安成の第一側近の軍将に成り上がった。 安成は、武芸一流のみならず 頭の回転が良く、誰も考えられないような 度肝を抜く秘術戦法を次々に編み出してゆく。 鶴姫も武士としての勘が鋭く 彼女なりの考えた戦法も付け加えられ 応戦の構想が次々に練られてゆく。 海上での実戦さながらの訓練も即効性があり 二人の あ、うん、 の呼吸の小舟の操りは、まるで夫婦船の如く完璧。 この二人のコンビネーションが三島水軍を率いるなら、如何なる戦も勝利出来るのではと周囲の武将武士たちは絶賛した。 安房討死の戦は、大内軍の侵略は、くい止め追い払ったものの三島水軍が勝利したわけではない。 大内軍は -何故、我らよりも弱小の水軍を叩き潰せなかったのだ‼- 当然苛立ちを募らせていた。 簡単に、三島侵略を諦めるわけはなく 白井種有、小原助兵衞 二人の軍将を仕立て再び三島を攻めてきた。 「やはり、来たな」 呟いた安成は、完全に受けて立つ戦の準備を整えていた。 「鶴姫様!出陣でござりますぞ‼」 「御意‼安房の仇を討つ‼」 二人は即座に武装し三島の浜辺に出くわし、 早舟に飛び乗り、攻め寄る敵船群に出撃した。 鶴姫は威風堂々、大刀薙を振りかざし、束ねた黒髪を潮風に、なびかせ 「我は三島明神様の遣いなり‼これ以上侵略するならば、全魔切りに処するぞ‼」 女子とは思えぬ雄叫びに、敵陣もとより味方すら一瞬ひるんだ。 -鶴姫様、見事じゃ!勇猛じゃ‼初陣とは思えぬ‼- 安成たち兵一同、更に士気が挙がった。 鶴姫たちは次々に敵船の小舟に襲いかかり、兵を薙ぎ倒し、舟を損壊させ 将船にまで攻め入るに至り、軍将白井種有を討ち捕るまで成功した。 しかしもう一隻の軍将船にまでは至らず逃してしまう。 「畜生‼小原の軍船を逃した‼」 安成は悔しそうに口唇を噛みしめた。 「今宵、アヤツは御手洗に停泊するはずじゃな?。。。絶好の機会じゃな」 鶴姫は不敵の笑みを浮かべる。 小原助兵衞は、酒と女に溺れている軍将で有名だ。三島攻めの軍将に抜擢され、さぞ嬉しかったやら 大崎島、御手洗は瀬戸内きっての風待ちの島、男性天国である。 「陣代殿‼今宵、御手洗で夜襲をかけるのじゃ‼」鶴姫は提案した。 「御手洗で夜襲?いけるかも知れぬ!」 安成は、頷いた。 「安成‼今宵は私に任せてくれぬか?指揮を取らせてくれ!私にしか出来ぬ戦術が浮かんだのじゃ‼」鶴姫は自信あり気に訴えた。 「御意‼鶴姫様、そなたに全面お任せします!準備を指示してください‼」 安成は、鶴姫の作戦に委ねた。 三島の浜では夜襲の準備が進められた。 日が暮れたと同時に鶴姫が現れた。 「つっ‼鶴姫様っ?何という、そのお姿‼」 安成は目を丸くした。 鶴姫は濃く化粧を施し、長く美しい黒髪は、後ろ髪だけ結い龍神の飾りを刺し、真っ赤な衣を身にまとっていた。 「まっ!まるで遊君ではありませぬかっ‼」 「そうじゃ‼遊君じゃ‼案外似合っているじゃろ?この姿で小原を襲うのじゃ‼」 初めて見せる自身の姿に鶴姫は 不謹慎な楽しさを感じていた。 安成は、あたふたして叫んだ。 「なりませぬ‼遊君など。 敵船には、いやらしい男供が沢山おりますっ。そなたの身に、もしもの事があったら‼私とも、まだなのにっ」 …うわ--っ‼一言滑ったぁ、ヤラれる… 「私と、何がまだなのじゃ?安成」 頭を抱え、しゃがみこんだ安成の顔を覗きこんだ。 「安成‼何がまだなのかを申せ‼」 吸い込みそうな眼差しで見つめた。 「いや。。お嫁入りが、まだですから。。」 必死で弁解しながら 鶴姫の攻めに安成は硬直したままだ。 …最近の安成は。。口づけの頻度も増えた。。 大人の男になりつつあるのを感じる。。 私はやがてそなたに。。 それは戦より怖いかも知れぬ。。… 「全く男どもは‼そなたをスケベエ安成と呼んでやろう‼」 鶴姫は、安成の脛を蹴った。 「姫様っ‼私はホントにっ」 「御手洗で降りるがよい!」 滑る安成を、からかうのも最近の鶴姫の楽しみになっていた。 夜が更けていき 夜襲をかける三島水軍の戦隻が、遊君に扮した鶴姫を乗せ、 三島の浜を離れ、影武者のように静かに御手洗へ突進してゆく。 停泊している灯りのついた敵船、小原を乗せた将船に近づいた。 船内は、小原助兵衞らを複数の遊女が囲み、酒盛りで盛り上がっていた。 突如、暗闇から現れた三島水軍の戦隻。 遊女に化けた鶴姫は、自船から即座に飛び移り 小原助兵衞の前に立ちはだかった! 「おぉ‼何じゃ?三島水軍からも遊君をよこしたか‼粋なことするのう‼和睦する気にでもなったか?」悪態をついた。 「助兵衞殿‼今宵、戦を見ながら楽しみましょうぞ‼」鶴姫は声をかけ近づいてゆく。 「ほほぅ。何てよい女子じゃ‼では近こう寄れ‼酒を注いでくれ‼」 助兵衞は上機嫌で鶴姫を手招いた。 「かしこまりました。助兵衛殿‼」 鶴姫は妖艷な笑みを浮かべ徳利を手に取り助兵衞の隣に座った。 途端に、助兵衞の頭上から徳利の酒を降りかけてやる。 「極上の酒であろう?」 「なっ⁉このアマッ‼」 助兵衞は立ち上がり鶴姫に掴みかかろうとするも、最早泥酔状態 足がもつれ情けなく倒れ込んだ。 鶴姫は豪快に赤い衣を脱ぎ捨てた。 衣は宙を舞って海に落ちていった。 -甲冑姿の鶴姫、ここに有り‼- 「ウセモノじゃ!やれ‼やれ---っ‼」 敵陣の兵の叫びが轟く。 遊女たちが悲鳴を、挙げながら逃げまとう。 船内の大混乱に、見事紛れながら 「安房の仇じゃ----------っ‼」 鶴姫は叫び 大刀薙で助兵衞を一撃‼ 見事、安房の仇を討つ‼ すかさず安成率いる三島水軍勢が一気に なだれこみ大内軍を壊滅に追いやった。 -とにかくまず敵将を討ち取り、そして壊滅させる- 鶴姫の奇襲作戦は見事、大成功を果たし 三島水軍を勝利に導いた。 三島城に引き上げると、早速勝利の宴が催された。鶴姫と安成の活躍が労われた。 安堵した安成が隣に座る鶴姫に声をかけた。 「鶴姫様。。」 「何じゃ?スケベェ安成」 鶴姫は悪戯な表情で返した。 「もぉっ‼それは勘弁してくれぬか?」 安成は哀願の眼差しで鶴姫の着物の袖を引っ張っている。 目の前に居合わせたほろ酔いの武将たちが、すかさず喰いついてきた。 「陣代殿‼ついに初物を卸されたか?」 「お相手は姫様かっ?バレたら大祝様に、 打首にされるぞ?」 安成は慌てた。 「何を申すかっ?初物の鯛を振る舞ってやったではないか‼私は何もしておらぬ‼大祝様にも認めて頂いておらぬのにっ」 …何故、手下に初物の鯛を振る舞った?? 何をしておるのじゃ?安成は。。 やはり戦以外の事は苦手じゃな。。 これがいいのじゃな… 鶴姫は、うつ向いて笑いをこらえる。 武将たちは表情を変えて語りだした。 「陣代殿‼最早お年頃ながら、嫁取りに興味が、無さすぎでありますぞ‼姫君の話を断り続けられて、そなたの父上は頭を抱えておりますぞ‼」 「鶴姫様と、永らく仲がよろしいのは分かりますが、我らの仲間じゃ‼大祝様の大事な娘じゃ。家臣の陣代殿が鶴姫様を嫁にめとるのは難があると思われます。」 「戦乱の中ではあるが、そろそろ奥方を決められた方が自身の為ですぞ‼」 「愛凪という瀬戸内海一の床上手な女と一戦交わしてみられては?そりゃもう男どもは、イチコロじゃのう‼」 鶴姫は、最早この場は自分の居る場所ではないと、さりげなく退いた。 …私は女子には戻れぬ武士。。 安成にはやはり相応しい姫君と。。な… 城内の自室で自分に言い聴かせていた。 女子を捨て、武士である自分。。 切なくて。。苦しい 夜が更け、宴も終わり、静かな城内が戻った。 鶴姫は縁側に出て、ひとり洸々と輝く満月を眺めていた。 「鶴姫様。。。」 背後から男の声がした。 安成だった。 「大丈夫でいらっしゃいますか。。」 「。。何が?私は何でもないぞ」 「また、私の前で強がるのですね」 寄り添うように鶴姫の隣に腰掛けた。 「今宵、見事な満月だったんですね。。」 「あぁ。。我らの勝利を祝ってくれているようだな」 「姫様のお陰で勝利が出来ました! 陣代安房様も、お喜びなられてましょう。」 「安成がいてくれてこそじゃ‼そなたと私だからじゃな‼」 「いえ、姫様。自分たちを過信してはなりませぬよ。二人だけの力ではありませぬ。我らの軍の仲間、神の御加護があってこその勝利なのです。」 「。。陣代殿、そうじゃな。。忘れてはならぬな。」 今だかつて、安成は、自分の師匠だな、 超えられぬなと実感した。 暫く二人は無言で満月を仰いでいたが、安成が再び口を開いた。 「して姫様、あの。。私は、他の姫君には興味は、ありませぬから。」 「いや、そなたは三島城一番の武将で陣代じゃ。相応しい姫君と。。決めたらいいのじゃ。」 「私は‼そなたしか考えられませぬ‼」 「安成。。。」 「以前も申した筈。ずっとそなたの傍におりますと」 「。。やはり私は女子には戻れぬ武士なのじゃ。。」 鶴姫の眼から、不意に涙が溢れ落ちた。 「何をおっしゃいますか?そなたは私の大事な女子です。この先も、ずっと」 安成は、そっと鶴姫の肩を抱き、自分の胸の中に寄せた。 「折をみて、大祝様にも、お認め頂けるようきちんとお話致します。私を信じて貰えませぬか?」 「や。。安成。。信じて。。」 「信じてください。私は、ずっとこの先もそなたの傍におりますから」 安成は指先で鶴姫の涙を優しく拭って 口唇を、そっと重ねた。 -抱き合う二人の姿を満月の眩しい光が包んでいた-
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