42人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
「竜胆。元気かい」
川向こうの魚釣りのおやじだ。着物の足元をたくし上げて、日焼けした足を見せている。つやつやと光る川魚を三尾、紐に通して持ち上げていた。
「元気だよ」
竜胆がふっと笑うと、桜の香りがする。
「魚、持ってきたからよ。薊と食いな」
「ありがとう」
「薊も、気張れよ。【角見】としてのお役目、しっかりな」
声をかけられるとは思っていなかったので、わたしは少し間をあけてから頭を下げた。
おやじは神妙な面持ちで家の中に入ってくると、座っている竜胆と向かい合った。
「竜胆。お前には、おっかあも、俺も、本当に助けられた。向こうで幸せにやってくれ」
「ああ。ありがとう」
「礼を言うのはこっちだ。竜胆、ありがとう。ありがとうな」
おやじは竜胆に魚を渡すと、手を合わせて拝むようにしてから、出て行った。
竜胆がつぶやいた。
「食う前に腐っちまうな。お前だけじゃこんなに食えねえだろう」
わたしは、かまどの横に積み上がった野菜に目を向ける。
「埋めるから、いい」
「そうさな」
竜胆はまた笑みを見せる。
「生き物は土に還るもんだ」
最初のコメントを投稿しよう!